天聖経 縮約版 - 第二冊 真の父母 訓読本
四、真の父母の使命
1)真の父母の立場
本然の心を中心として、本然の世界が生まれたら、本然の人がいなければならないのです。
その本然の人は、完全な愛をする真の父母です。
皆さんがレバレンド・ムーンを、真の父母と言います。それで、神様に代わった立場で皆さんに、すべての良いものをあげようとし、皆さんもいちばん良いものをもらおうとするのを原則として知っているため、このような道を指導するのです。(一二七・三二九)
皆さんには、真の父母のバックグラウンドです。
真の父母は、サタンが讒訴できないのです。(一一七・一六一)
2)真の父母の道
今、世界は戦いが起こっています。共産党と戦って、倫理破綻も防御しなければならず、宗教が崩れるのも防御しなければなりません。
父母は、子供よりもっと苦労しなければならないという原則があるので、先生はそれを実践しています。
真の父母は父と同じ位置で家庭を通じ、氏族を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じ、宇宙を通じて行くべきなのです。(一一八・二四二)
神様の願いが、神様と永遠無窮にともに暮らしたい人を探すことです。
真の父母は、そのような原則による父子の関係、夫婦関係を教えようとします。
先生の哲学は、千年万年、あなたと私が暮らしても嫌になりえない、そのようなあなたを発見しようとして、探そうとするのです。
世の中でいちばん悲惨な位置から一級、一級を真の僕から上がっていき、真の養子から上がっていき、真の息子として上がっていき、真のカインとして上がっていき、真のアベルとして上がっていかなければなりません。
先生が共産党の前にそのような立場で踏まれ、拷問を受けひったくられたりするときに、「神様、私の怨讐たちに雷を落として全部殺してしまう!」と言っていませんでした。体から血が流れる立場で、福を願ってやったのです。(一一六・一一四)
3)真の父母になる前の過程
人間の堕落によって、偽りの父母が生まれました。それで、先生は、真の父母の位置を築くための受難の道を行かなければならなかったのです。ひっくり返ったものを、父母が全部責任を持って蕩減しなければなりません。(一三一・六三)
真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。(一二四・七四)
地上に実体の真の父母が立てられなければ、実体世界で勝利の基準が立ちません。いくら霊界で勝利の条件を成したとしても、地上に真の父母が立てられなければ、その霊的世界の足場に該当する足場を、この地上に築くことができないのです。
真の父母は、これのために命を捧げ、地と天に代わって闘っていかなければいけないのです。
一九六〇年に父母の日が出発しました。神様は、その日を起点にして、霊界と肉界で同時に計画を実践なさることができたということです。
イスラエル民族は、カナン復帰路程四〇年を経ていきながら、初めてサタン世界に対して攻撃することができました。
四〇年荒野路程以前には、三日路程がありました。そして、イスラエル民族は、カナンに入っては、また四〇数を探して立てなければなりませんでした。
それで、再び来られる真の父母が、四〇年準備期間、あるいは、闘争期間を経て霊的に勝利の基盤を築いて、初めて地上に霊肉を合わせた実体的な基盤を築くことができる土台を備えたのです。
真の父母が中心になって、七年路程として蕩減復帰を終結していかなければならないのです。
この期間に、私とともに闘っている皆さんは、真の父母の個人的な身代わりであり、家庭的な身代わりであり、民族的な身代わりであり、国家的な身代わりです。
先生が世界のために、どれほど多く投入したかわかりません。地上世界、天上世界、神様を解放するためです。このような人は、歴史時代に 真の父母以外にはいないのです。
4)真の父母の権限と使命
真の父母は、皆さんを真の父母、小さい真の父母にするために来るというのです。(一二五・一一七)
真の御父母は、地上世界と天上世界とのふさがった道を皆開いて、地上世界から、霊界の地獄から、天上の位置まで、ハイウェイを作らなければならないというのです。(一三四・一二九)
真の父母は、霊界王権基盤、蘇生的長成基盤を繋いでこそ、真の父母が地上において、完成基準を成したという位置に、霊界が同参することができません。(一四〇・五四)
先生は、神様の愛、本来の愛につなげうる特権を持って来られた父母だというのです。
真の父母は偽りの子女たちを率いて、真の子女にする役割をするのです。(一四九・二八〇)
真の父母は人間の先祖の堕落によって、ふさがった塀を崩すことができる責任的条件を立てることができてこそ、真の父母になります。
ここに入ってくれば、宗教が一つになりうるということです。その次には、五色人種が一つになることができるというのです。(一一八・二七〇)
サタンの血統を受けて堕落した父母として始まったことを、どのように人類の真の父母の位置として復帰させるか、ということに苦心したのが神様の立場だというのです。
それで、一九六〇年に父母様の聖婚式が、歴史上に初めて起こったのです。堕落した父母から復帰が起こったのです。(一三一・七〇)
五)真の父母の愛
皆さんが本当の「私」を見出したというときは、神様が自分の心にいて、自分は解放圏にいるのです。本然の神様の愛と、本然の真の父母の愛を中心として、本然の血統の歴史をつないで生まれたのが、本然の自分です。その自分を見出せば、皆入るのです。そこには真の父母の愛があります。
そのため自分を完成しなければならないのです。自分の完成の位置に行くには、結局、神様を探し、真の父母を探して、接ぎ木しなければならないのです。接ぎ木して完成したアダムの位置に立つので、生まれた目的を完成するのです。
それゆえ、自分には真の父母の愛が宿り、神様の愛が宿るのです。その愛が、自分を完成させることができる調和の根本です。(二〇二・二八三)
天聖経 縮約版 - 第二冊 真の父母 縮約本
四、真の父母の使命
1)真の父母の立場
この世の中を見ると、帝国時代、帝王時代、王国時代があり、その次には、今の民主主義子女時代、共産主義僕の時代があります。それが皆、愛の法を中心として統治していないことを見るとき、偽りの世の中だというのです。
それなら、本然の心を中心として、本然の世界が生まれたら、本然の人がいなければならないのです。
その本然の人は、真の人です。真の人は、完全な愛をなす人です。完全な愛をなす人は、真の父母です。 。
神様は真の愛の代表です。すべての人を愛することができる方です。すべての存在を愛することができる能力を持った方なのです。
それゆえ、大きなものから小さなものまで、愛することができる能力を持った方が神様だというのです。(一二四・一一七)
百四十七
真の父母は、与えるべきです。これが原則です。そこに新しいものがあり、そこに新しい世界があり、そこに新しい因縁が生まれるのです。( 一四七・一四三)
皆さんがレバレンド・ムーンを、真の父母と言います。それで、神様に代わった立場で皆さんに、すべての良いものをあげようとし、皆さんもいちばん良いものをもらおうとするのを原則として知っているため、このような道を指導するのです。(一二七・三二九)
皆さんには、真の父母のバックグラウンドです。
真の父母は、サタンが讒訴できないのです。それで、身分証をもらうのです。(一一七・一六一)
2)真の父母の道
今、世界は戦いが起こっています。共産党と戦って、倫理破綻も防御しなければならず、宗教が崩れるのも防御しなければなりません。
父母は、子供よりもと苦労しなければならないという原則があるので、先生はそれを実践しています。
真の父母は父と同じ位置で家庭を通じ、氏族を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じ、宇宙を通じて行くべきなのです。妻が夫を愛するように人類を愛さなければならず、息子娘を愛するように人類を愛さなければならないのです。自分の父母を愛するように、人類を愛さなければならないのです。(一一八・二四二)
百四十八
神様の願いが、神様と永遠無窮にともに暮らしたい人を探すことです。
統一教会(真の父母)は、そのような原則による父子の関係、夫婦関係を教えようとします。また、そのような原則による家庭を論じ、そのような原則による兄弟を論じようとするのです。
それが、五色人種を通じて実践されてこそ、神様の愛の圏が成され、神様が暮らすことができると思うのです。
先生の哲学は、千年万年、あなたと私が暮らしても嫌になりえない、そのようなあなたを発見しようとして、探そうとするのです。夜を明かしながら愛さざるをえない息子を恋しがる人です。また、娘を恋しがる人です。兄弟を探している人なのです。(一二七・二八四)
もし、真なる人間がいたら、その真なる人間は、「人類よ! あなたたちが行くべき真の標準はまさにこれである」と教えてあげることができる道を模索するでしょう。(一六三・八九)
歴史路程に真の父母という言葉を与えるためには、そこには、真なる僕がいるべきなのです。そして、真なる乞食もいなければならないでしょう。真なる労働者もいなければならないでしょう。真なる迫害者も、十字架についた人もいなければなりません。罪人の中にも真なる罪人がいなければなりません。
世の中でいちばん悲惨な位置から始まって、これを越えることができる愛の代表者がいなければなりません。一級、一級を真の僕から上がっていき、真の養子から上がっていき、真の息子として上がっていき、真のカインとして上がっていき、真のアベルとして上がっていかなければなりません。
僕の僕の道とか、養子の道を先生は行かなければなりません。先生は、その道を行き、戦い、生き残って、勝利したために、その橋を置いてやるのです。
先生が共産党の前にそのような立場で踏まれ、拷問を受けひったくられたりするときに、「神様、私の怨讐たちに雷を落として全部殺してしまう!」と言っていませんでした。体から血が流れる立場で、福を願ってやったのです。(一一六・一一四)
3)真の父母になる前の過程
人間の堕落によって、偽りの父母が生まれました。それで、先生は、真の父母の位置を築くための受難の道を行かなければならなかったのです。ひっくり返ったものを、父母が全部責任を持って蕩減しなければなりません。(一三一・六三)
真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。
原則的にサタンが長子であるために、神様がアベルを愛するには、長子を先に愛したという条件を立てるべきです。そのような愛を私に見せずには、次子を愛することはできないのです。
ですから、母が行くべき道は、エバが行くべき道は、カインとアベルを一つにして、アダムに帰るそのような位置にいるのです。(一二四・七四)
先生は、愛の関係においては世界的な記録を持っています。良心においては、天宙史的な記録を持ちうる群が生まれているのです。我々統一教会の未来が希望的でありうるしかないという、このような驚くべき位置にいるという事実を、深く深く感謝できなければなりません。(拍手)
神様と真の父母が、この道を築くために、鉄条網を貫いて、かき分けていき、築いてきたのです。そのようは天の父母と血の父母の心を傷めてはいけないです。
真の父母は、二人の方がいなければなりません。そして、地上に実体の真の父母が立てられなければ、自体世界で勝利の基準が立ちません。いくら霊界で勝利の条件を成したとしても、地上に真の父母が立てられなければ、その霊的世界の足場に該当する足場を、この地上に築くことができないのです。
真の父母は、これのために命を捧げ、地と天に代わって闘っていかなければいけないのです。
百五十一
真の父母は、まず、霊界で霊的な試練を経なければなりません。その次には、地上で実体的な試練を経なければなりません。
我々は、一九六〇年に父母の日を設定しましたが、霊肉合わせて真なる勝利の起点をつかむ日であり、真の父母の理念が出発した日です。その日の因縁は、天宙史的な因縁を経ていくでしょう。
そして、神様は、その日を起点にして、霊界と肉界で同時に計画を実践なさることができたということです。
ところで、このような歴史過程を経ていくのにおいて、来られる真の父母は、個人的な十字架を背負うべき段階から、世界人類の十字架を代わって背負うべきであり、家庭的な十字架を背負うべき段階から、世界的人類の十字架を代わって背負うべきであり、氏族的、民族的、国家的十字架を背負うべき段階でも、世界人類の十字架を代わって背負うべきなのです。
イスラエル民族の歴史を見ると、ヤコブはエサウとの個人的な闘争で勝利したために、個人的な復帰の条件を立てることができました。このようにイスラエル民族は、カナン復帰路程四〇年を経ていきながら、初めてサタン世界に対して攻撃することができました。
四〇年荒野路程以前には、三日路程がありました。そして、イスラエル民族は、カナンに入っては、また四〇数を探して立てなければなりませんでした。
復帰摂理がこのような路程を経てきたために、今まで先生も四〇年路程を経た後、三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければならないのです。三年路程と四年路程を合わせれば、七年路程になるのです。
百五十二
このような過程を経てこそ、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。イエス様も、本来は三三歳から七年路程を歩んで、四〇歳にすべてを終結して、天のみ旨を成すべきでした。
それで、再び来られる真の父母が、四〇年準備期間、あるいは、闘争期間を経て霊的に勝利の基盤を築いて、初めて地上に霊肉を合わせた実体的な基盤を築くことができる土台を備えたのです。
真の父母が中心になっていく三年路程を経て、四年路程を経て、七年路程として蕩減復帰を終結していかなければならないのです。
真の父母を探すまでの三年路程、四年路程、四〇年路程は短い路程ですが、歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念さを総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。
天に代わって、真の父母の因縁に代わって、み旨に責任を持って、奉ってきた我々統一教会は、それでこのような試練を自ら招いて受けていっているのです。
この期間に、私とともに闘っている皆さんは、真の父母の個人的な身代わりであり、家庭的な身代わりであり、民族的な身代わりであり、国家的な身代わりです。
本来は、真の父母がこの地に現れれば、神様を中心に地上天国が成されるべきです。(一三・二八五)
先生が真の父母を宣布するまで、苦労をどれほどし、悪口をどれほど聞き、監獄生活をどれほどしましたか? こうして真の父母を宣布したのです。ですから、真の御父母様であられます。
百五十三
先生が世界のために、どれほど多く投入したかわかりません。地上世界、天上世界、神様を解放するためです。このような人は、歴史時代に 真の父母以外にはいないのです。
4)真の父母の権限と使命
真の父母が、人間がいちばん好きなものを作ってあげるために来たのです。皆さんを真の父母、小さい真の父母にすることです。(一二五・一一七)
真の御父母は、地上世界と天上世界とのふさがった道を皆開いて、地上世界から、霊界の地獄から、天上の位置まで、ハイウェイを作らなければならないというのです。(一三四・一二九)
真の父母は、霊界王権基盤、蘇生的長成基盤をつなげなければなりません。そうしなくては、真の父母が地上において、完成基準を成したという位置に、霊界が同参することができません。(一四〇・五四)
皆さんは先生を真の父母と呼びます。神様の愛、本来の愛をつなげてあげることができる父母なのです。
アダムが皆さんの先祖になりうる父母でしたが、神様の愛をつなげられなかったのです。それゆえ、皆さんの父母たちは、皆さんを神様の愛につなげることができないのです。
真の父母が違うことは何か? 神様の愛をつなげうる特権を持って来たということです。
百五十四
真の父母が何をする人ですか?
偽りの子女たちを率いて、真の子女にする役割をするのです。それゆえ、真の父母は、息子娘を消化して段階的に家庭基準、氏族基準、世界基準まで消化しようとするのです。(一四九・二八〇)
先生は、この時代に、すべてを見せてあげるのです。先生についてきて、全部成しておいてこそ、後で神様の愛まで行くことができるのです。そうでなければ行けません。(一三五・一四二)
真の父母は人間の先祖の堕落によって、ふさがった塀を崩すことができる責任的条件を立てることができてこそ、真の父母になります。
ここに入ってくれば、宗教が一つになりうるということです。その次には、五色人種が一つになることができるというのです。(一一八・二七〇)
原理主管圏と直接主管圏の間に塀が生じたのを、蕩減しなければなりません。原理主管圏がサタンに占領されたのです。神様が上にいて、人間が下にいれば、サタンは中間に位置しているのです。それで、サタンの塀が生じたのです。
この塀を貫いて、神様の位置までもう一度つなごうというのが神様の摂理です。それで、歴史を通じて宗教を発展させてきたのです。それがユダヤ教でした。そうして、キリスト教まで下ってきたのが、現在の我々の状況です。
真の父母は、この間接主管と直接主管をつなげる責任があるのです。サタンに引っかかっている塀を、どのようの壊すかというのが問題です。サタンはサタンなりに、神様の継続的なこの歴史をどのように妨げようかとしています。
それで、先生がサタンと神様の中間で、いつもサタンを除去することをしてきたのです。それで、蕩減路程が出てきたのです。それが人間の責任分担です。
百五十五
サタンは、それがメシアの責任であることを知っているのです。それで、すべてのサタン勢力を総出動させて、真の父母を攻撃したのです。それで、先生は、サタンの塀を壊すことを、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで経てきたのです。メシアは、この道をすべて経なければならないのです。
サタンの血統を受けて堕落した父母として始まったことを、どのように人類の真の父母の位置として復帰させるか、ということに苦心したのが神様の立場だというのです。
それで、一九六〇年に父母様の聖婚式が、歴史上に初めて起こったのです。堕落した父母から復帰が起こったのです。(一三一・七〇)
五)真の父母の愛
皆さんが本当の「私」を見出したというときは、神様が自分の心にいて、自分は解放圏にいるのです。本然の神様の愛と、本然の真の父母の愛を中心として、本然の血統の歴史をつないで生まれたのが、本然の自分です。その自分を見出せば、皆入るのです。そこに真の父母がいますか、いませんか?そこには、真の父母の愛があります。
神様の愛と真の父母の愛は、宇宙のすべての主管性の核です。主体性の永遠な標準です。愛を中心として、全部主管しようとするのです。
ですから、自分自身が代表者になりうるのです。
自分を完成しなければならないのです。自分の完成の位置に行くには、結局、神様を探し、真の父母を探して、接ぎ木しなければならないのです。それだからメシアが来るのです。
百五十六
メシアは本然の愛、真の父母の愛を、完成した男としてくるのです。 ですから、解放されるのです。サタンから解放、生活圏から解放、血統圏から解放されれば皆終わるのです。
悪魔の代わりに神様に仕え、真の父母の生活圏を形成しなければならないのです。完成したアダムの位置に立つので、生まれた目的を完成するのです。
それゆえ、自分には真の父母の愛が宿り、神様の愛が宿るのです。その愛が、自分を完成させることができる調和の根本です。それを言い換えれば、自分には愛があり、生命があり、血統があるということです。三位一体です。(二〇二・二八三)
天聖経 縮約版 - 第二冊 真の父母 原本
四、真の父母の使命
1)真の父母の立場
この世の中を見ると、帝国時代、帝王時代、王国時代があり、その次には、今の民主主義子女時代、共産主義僕の時代があります。それが皆、愛の法を中心として統治していないことを見るとき、偽りの世の中だというのです。このように結論づけることができるのです。
それなら、ここで本然の心を中心として、本然の世界が生まれたら、本然の人がいなければならないのです。では、本然の人がどこにいるか?「人」というと、女・男が皆入るのです。そういう意味でしょう?
今日、歴史は、この世界が間違いなくサタン世界であるために、この世の中で本然の人を探しているのだ、こういう結論が出てくるのです。それで今日、四〇億という数多くの人類がいますが、真の世界を指導して、天地を指導する指導者を探しているのです。
では、本然の指導者は、どのようにして来るのか? 堕落した世界の個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えて来るのです。その本然の人は、どのような人かというのです。(トゥルーマン(trueman;真の人)です)。トゥルーマンですが、そのトゥルーマンが、どんな人か? 真の人の定義がどういうものかというのです。完全な愛をなす人です。簡単なのです。では、その簡単な人が何ですか?それは、どんな人を言うのですか?(トゥルーペアレンツ(true parents;真の父母)です)。簡単なのです。それなのです。
神様はどんな方か? 神様は、真の愛の代表です。代表ではないかというのです。それよりも神様はどんな方か?(すべての人を愛することができる方です)。それを知るべきなのです。神様は、すべての存在を愛することができる能力を持った方なのです。簡単に要約すれば、大きくて小さいもの、すべてを皆愛するのです。小さなもの、大きなもの、皆入れることができるのです。そこには大きいもの、小さいもの、すべてのものが皆入るのです。分かりますか?
それは事実なのです。それを整理しなければならないのです。世の中のすべての存在、大小のものが皆入るのです。分かりますか?(はい)。それゆえ、大きなものから小さなものまで、愛することができる能力を持った方が神様だというのです。(一二四・一一七)
百四十七
我々の目的地は世界のために行くべきです。いくら難しくても、行かなければなりません。世界のために行くべきであり、世界のために与えるべきです。アメリカは、世界のために与えるべきであり、自分が行く所へはどこでも与えるべきです。
真の父母は、与えるべきです。これが原則です。そこに新しいものがあり、そこに新しい世界があり、そこに新しい因縁が生まれるのです。私は、アメリカを生かすために韓国を捨てました。国を捨てたのです。(一四七・一四三)
皆さんがレバレンド・ムーンを何と言うかというと、真の父母と言うでしょう? 同じように、神様に代わった立場で皆さんの前に、すべての良いものをあげようとし、皆さんもいちばん良いものをもらおうとするのを原則として知っているため、このような道を指導するのです。これを知るべきです。(一二七・三二九)
皆さんには、バックグラウンドがあります。これは完全なバックグラウンドです。真の父母のバックグラウンドです。
真の父母は、サタンが讒訴できないのです。それで、身分証をもらうのです。分かりますか? そこには神様がサインして、サタンがサインしなければならないのです。(拍手)それだけではありません。天使長がサインしなければならず、その次には、アダムがサインしなければなりません。分かりますか、何の話か?(一一七・一六一)
2)真の父母の道
今、世界は戦いが起こっています。これを誰が手を着けるかというのです。誰がすべきですか? 我々がすべきでしょう。共産党と戦ってですよ、倫理破綻も防御しなければならずですよ、宗教が崩れるのも防御しなければなりません。
先生が、世界の学者と神学者たちを集めて会議をし、このような問題を深刻に討議しています。アメリカの国が夢にも見ないことをしているというのです。皆さんが活動するといいますが、皆さんが難しいでしょうか、先生が難しいでしょうか?
父母は、子供よりもと苦労しなければならないという原則があるので、先生はそれを実践しています。何かお金があれば、私がそのお金で食べて暮らすのではありません。未来の後孫のために、未来の後孫に良い道を開いてあげるのです。未来の後孫を愛する心を持って、お金を稼ぐのです。
レバレンド・ムーン、真の父母は何かというと、父と同じ位置で家庭を通じ、氏族を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じ、宇宙を通じて行くべきなのです。これをつなげなければならないというのです。それをカバーするのです。そこで、妻が夫を愛するように人類を愛さなければならず、息子娘を愛するように人類を愛さなければならないのです。自分の父母を愛するように、人類を愛さなければならないのです。いつも、それが即座につながらなければなりません。皆さんはそれを知るべきです。(一一八・二四二)
百四十八
神様の願いが何かというと、神様とともに暮らしたがる人を探すことです。神様と永遠無窮にともに暮らしたい人、愛する息子娘と額を一度付き合わせれば、千年、万年経っても目を離したくない人、そのような人を探すことです。分かりますか?神様が愛する息子に指先で一度触れたら、千年、万年経っても離したくない、そのような愛を持って暮らしたいというのです。
統一教会は、そのような原則による父子の関係を教えようとします。そのような原則による夫婦関係を教えようとします。また、そのような原則による家庭を論じ、そのような原則による兄弟を論じようとするのです。兄弟でも、一度会って別れるのではなく、千年、万年ともにいても嫌でない、そのような兄弟のことです。
それが、五色人種を通じて実践されてこそ、神様の愛の圏が成され、神様が暮らすことができると思うのです。それが易しいですか?自分がご飯を食べることがあるなら、全部彼らに食べさせてから、その次に皆食べるまで待って、待ってから皿洗いまでして、寝ることまで皆みてあげなければならない、そのようなことをする父母がいなければなりません。
今日、真の父母は、そのような道を行こうとするのです。それが、真の父母が行くべき道であると思うのです。ある時には、お母様も先生を理解できないときがあります。毎日人に会うようになると、昼の時も忘れてしまい、話そうとしてですね、夕食の時も過ぎたのにもかかわらず話をして、ご飯がすっかり冷めて、固いご飯になったのですから。また、台所では先生と何人かがご飯を食べなければならいのに、何人かが待っているので大変なのです。ご飯を食べる時間になったと、何度も通告を受けても、ただ話を続けるのです、「そう、そう」と言いながら。
先生の哲学はそうです。ご飯が問題ではありません。千年、万年、あなたと私が暮らしても嫌になりえない、そのようなあなたを発見しようとして、探そうとするのです。一二時になり、夜明けの二時になり、明け方に鶏が鳴き、空が白んできても、夜を明かしながら愛さざるをえない息子を恋しがる人です。また、娘を恋しがる人です。兄弟を探している人なのです。(一二七・二八四)
もし、真なる人間がいたら、その真なる人間は、今日歴史を代表して「人類よ! あなたたちが行くべき真の標準はまさにこれである」と教えてあげることができる道を模索するでしょう。真なる人がいるなら、その人は、そのような道を模索するために、人類に代わってむごい犠牲となっても、その道を訪ねて立ち上がるまで叫び、教えてあげ、その道を開拓してあげるのではないかというのです。もし、その道を知っているのにもかかわらず、自分だけ行ったとする人なら、彼は真なる人ではありません。(一六三・八九)
歴史路程に真の父母という言葉を与えることができるたらどうか、考えてごらんなさい。これが嘘か、事実か、考えてごらんなさい。真の父母まで行くには、何級まで経なければならないでしょうか?
百四十九
そこには、トゥルー・サーヴァント(true servant;真なる僕)がいるべきなのではないか? サーヴァントのサーヴァント(僕の僕)のことです。そこから始まるべきではありませんか?そして、トゥルー・ベガー(true
beggar;真なる乞食)もいなければならないでしょう。トゥルー・レイバー(true labor;真なる労働者)もいなければならないでしょう。皆いなければなりません。トゥルー・パーセキュター(true persecutor;真なる迫害者)も、十字架についた人もいなければなりません。そのようなことを嫌だと思えば、トゥルー・ペアレンツというのは、絶対出てくることができません。罪人の中にもトゥルー・クリミナル(true criminal;真なる罪人)がいなければなりません。皆いなければなりません。
その道を行くべきであり、橋を置くべきです。世の中でいちばん悲惨な位置から始まって、これを越えることができる愛の代表者がいなければなりません。そうするためには、愛の十字架の道を行くべきであるということを知らなければならないのです。それが橋です。その言葉は合うようですか?一級、一級を真の僕から上がっていき、真の養子から上がっていき、真の息子として上がっていき、真のカインとして上がっていき、真のアベルとして上がっていかなければなりません。
皆さんが統一教会の原理を習うときに、僕の僕の道とか、養子の道とか何とかいう道を誰が行くのか? その道は、先生が行く道です。先生は、その道を行き、戦い、生き残って、迫害するのに対して勝利したために、その橋を置いてやるのです。
それゆえ、皆さんが通りでかわいそうな人を見れば、先生がそのような立場だということを知りなさい。私が、共産党の前にそのような立場で踏まれ、拷問を受けひったくられたりするときに、腹が立ったでしょうか、腹が立たなかったでしょうか?そうだと言って「神様、私の怨讐たちに雷を落として全部殺してしまう!」と言うと思いますか? 違います。体から血が流れる立場で、福を願ってやったのです。その人たちまでも。レバレンド・ムーンを捕まえて行こうとしました。(一一六・一一四)
3)真の父母になる前の過程
人間の堕落によって、偽りの父母が生まれました。それで、先生は、このサタンを中心とした世界の上に、これを再び探して、天国の真の父母の位置を築くための受難の道を行かなければならなかったのです。それは、父母が復帰しなければなりません。ひっくり返ったものを、父母が全部責任を持って蕩減しなければなりません。(一三一・六三)
真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。このカイン世界が、長男の世界でしょう?カイン世界は、堕落した長男世界と同じであるために、それが反対しても天の愛を尽くしてやったという条件を立てなければ、サタン世界が復帰できないのです。それを知るべきなのです。
百五十
長子を先に愛さなければなりません。原則的にサタンが長子であるために、サタンが「神様! あなたがアベルを愛するには、長子を先に愛したという条件を立てるべきです。そのような愛を私に見せずには、次子を愛することはできない!」そう言うのです。これが原理的だということです。
ですから、母が行くべき道は、エバが行くべき道は、カインとアベルを一つにして、アダムに帰ることです。それゆえ、母がいくら宇宙的な立場の愛を願うとしても、そのように愛してやれないのです。そのような位置にいるのです。(一二四・七四)
先生は、愛の関係においては世界的な記録を持っています。良心においては、天宙史的な記録を持ちうる群が生まれているのです。それは、観念にとどまるのではなく、実際だということを知るべきなのです。事実というものです。歴史的な事実です。サタンにおいては、どれほど脅威であり、神様には、どれほど希望的かというのです。我々統一教会の未来が希望的でありうるしかないという、このような驚くべき位置にいるという事実を、深く深く感謝できなければなりません。(拍手)
神様とレバレンド・ムーンが、神様と真の父母が、この仕事を築くためにどのようにオたか? 鉄条網を貫いて、かき分けていき、築いてきたのです。そこには血痕と涙のあととは言うまでもなく、悲惨な拷問のむちのあとまで残っているのです。そのような過程を開拓したのです。
そのようは天の父母と血の父母の心を傷めてはいけないというのが、統一教会の人たちが持つべき心の姿勢なのです。これが宇宙の宝の倉庫であるということを知るべきです。ここから地獄をなくし、天国を創ることができます。(拍手)
今日、父母の日を迎え、父母の勝利圏を宣布するのです。父母の勝利圏を悪魔がどれほど嫌い、神様がどれほど待ち望んだか!皆さんの先祖たちと、人類がそれほど待ち望んだ勝利圏を備えるようになり、皆さんにそのまま相続してあげようとするのです。一度も使用してみることができずに、全部子供たちに譲ってやろうというこのみ旨を、皆さんがきれいに受け継いで、大きな水晶にはならなくても、結晶石のような、そのような形を備えなければならないということを知るべきなのです。(二一六・三二六)
真の父母は、二人の方がいなければなりません。二人の方がいなければ、真の父母の基準の上に立つことができないのです。そして、霊的な闘いに勝利の基準を立てたとしても、地上に実体の真の父母が立てられなければ、自体世界で勝利の基準が立ちません。いくら霊界で勝利の条件を成したとしても、地上に真の父母が立てられなければ、その霊的世界の足場に該当する足場を、この地上に築くことができないのです。
それゆえ、これから来られる真の父母は、これのために命を捧げ、地と天に代わって闘っていかなければいけないのです。このような闘いの期間が四〇年期間だということを我々は知るべきです。
百五十一
では、この四〇年期間に来られる真の父母は、どのような闘いを経なければならないか?まず、霊界で霊的な試練を経なければなりません。その次には、地上で実体的な試練を経なければなりません。そのような中でも、倒れずに中心を持って立ち上がってこそ、初めて霊肉合わせて真の父母の因縁を立てることができるのです。すなわち、六千年の摂理歴史の希望を成すことができるのです。
我々は、一九六〇年に父母の日を設定しましたが、その日はどんな日か? 霊肉合わせて真なる勝利の起点をつかむ日であり、真の父母の理念が出発した日です。それで、その日は一日に過ぎず、その日の因縁は部分的な因縁に過ぎませんが、この因縁は、天宙史的な因縁を経ていくでしょう。
そして、神様は、その日を起点にして、霊界と肉界で同時に計画を実践なさることができたということです。すなわち、霊界と呼応しうる基盤、初めて神様が闘うことができる基盤が築かれたということです。このように勝利の基盤が築かれたために、ここに一致する家庭的基盤、氏族的基盤、民族的基盤、国家的基盤、世界的基盤のみ築いておけばいいのです。
イエス様が、イスラエル民族の反対で、全体的な使命を完成なさることができず、楽園に行かれて霊的にイスラエルを収拾して、霊的父母の立場に立っておられたのと同様に、世界的な勝利の版図を地上に築くことができるときがいつかというと、四年路程であるということです。この四年路程の間に霊界と肉界が一致して、勝利の起点を立てる日には、全世界の人類が楽園以上の霊界で行軍することができる時代的な恵沢圏内に入るというのです。
ところで、このような歴史過程を経ていくのにおいて、来られる真の父母は、個人的な十字架を背負うべき段階から、世界人類の十字架を代わって背負うべきであり、家庭的な十字架を背負うべき段階から、世界的人類の十字架を代わって背負うべきであり、氏族的、民族的、国家的十字架を背負うべき段階でも、世界人類の十字架を代わって背負うべきなのです。
イスラエル民族の歴史を見ると、ヤコブはエサウとの個人的な闘争で勝利したために、個人的な復帰の条件を立てることができました。そうしてから、ラバンの家に行き、天が協助する中で、家庭的な戦いで勝利したために、家庭を見出すことができました。その後、ヤコブの後孫は、民族を形成するため、サタン世界であるエジプトに入りましたが、彼らは、そこで天の協助で救い出されて出てきて、カナンに入ることができ、カナン七族を滅ぼすことができました。このようにイスラエル民族は、カナン復帰路程四〇年を経ていきながら、初めてサタン世界に対して攻撃することができました。
四〇年荒野路程以前には、三日路程がありました。イスラエル民族は、三日路程を経た後に、初めてカナン復帰をすることができたのです。そして、イスラエル民族は、カナンに入っては、また四〇数を探して立てなければなりませんでした。
復帰摂理がこのような路程を経てきたために、今まで先生も四〇年路程を経た後、三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければならないのです。三年路程と四年路程を合わせれば、七年路程になるのです。
百五十二
このような過程を経てこそ、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。イエス様も、本来は三三歳から七年路程を歩んで、神様が願う父母の基準を立て、そこから万物復帰の基準を立て、四〇歳にすべてを終結して、天のみ旨を成すべきでした。これが、イエス様の使命でしたが、イエス様がこのみ旨を成しえず、十字架に亡くなることによって、このみ旨はそのまま残るようになりました。
それで、再び来られる真の父母が、内的外的な闘いに責任を持たざるをえないので、四〇年準備期間、あるいは、闘争期間を経ていくのです。外的に四〇年準備期間ですが、内的には闘争期間であったのです。こうして、霊的に勝利の基盤を築いて、初めて地上に霊肉を合わせた実体的な基盤を築くことができる土台を備えたのです。
真の父母が中心になっていく三年路程を経て、万物復帰の期間、すなわち、四方性を備えるための四年路程を経「て」なければならないのです。それで、七年路程として蕩減復帰を終結していかなければならないのです。
真の父母を探すまで「の」は、歴史路程についてみると、三年路程、四年路程、四〇年路程は短い路程ですが、歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念さを総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。歴史的なすべての悲しみと苦痛と無念さにも屈服されないという、絶対的な基準を立てずには、真の父母の日、真の父母の勝利の日は、迎えることができないのです。
天に代わって、真の父母の因縁に代わって、み旨に責任を持って、奉ってきた我々統一教会は、それでこのような試練を自ら招いて受けていっているのです。
その過程でサタン世界と分別された自分を立て、真の父母が勝利の一つの手本を取って、サタン世界を審判しうる真の子女の基準を立てておかずには、氏族、民族、国家基準を立てておかずには、真の父母に対する本然のみ旨を、地上に成すことができないのです。
この期間に、私とともに闘っている皆さんは、真の父母の個人的な身代わりであり、家庭的な身代わりであり、民族的な身代わりであり、国家的な身代わりです。
このような父母の身代わりとして、今まで韓国各地へ出て闘っているのです。今は、世界的な舞台に向かって出て、責任を持って闘わなければならないのが皆さんの責任であるのです。
このような観点から見るとき、今までの霊界と肉界の悲しみが何か? 本来は、真の父母がこの地に現れれば、その日から天地が平和を歌うべきであり、全天宙が幸福圏内に入るべきであり、神様を中心に地上天国が成されるべきです。(一三・二八五)
私「先生」が真の父母を宣布するまで、苦労をどれほどし、悪口をどれほど聞き、監獄生活をどれほどしましたか?六回も監獄に出入りし、こうして今年に入って真の父母を宣布したのです。(ですから、真の御父母様であられます)。ですから、世界 高のかわいそうな王の中の王が文総裁です。お母さん、お父さんが、何、どうのこうのと言いますが、いちばんかわいそうな人が文総裁です。(二一一・一六一)
百五十三
先生が世界のために、どれほど多く投入したか「わかりません。」というのです。血涙をどれほど注ぎ、汗をどれほど流し、どれほどため息をついたでしょう。私がご飯のために、出世のために、そうなのではありません。地上世界、天上世界、神様を解放するためです。このような人は、歴史時代に文総裁以外にはいません。真の父母以外にはいないのです。
そのような背後の歴史を持っているのです。それが観念だけではありません。実戦舞台で実際圏を形成するのにおいて、それ以上の基盤を築いてきたために、世界万国が粛然と頭を下げうる段階まで来たのです。(二一〇・三六四)
4)真の父母の権限と使命
真の父母が、この地上の人間たちの前に何をしようと訪ねてきたのですか? 人間がいちばん好きなものを作ってあげるために来たのです。それが何かというと、皆さんを真の父母、小さい真の父母にすることです。(一二五・一一七)
真の御父母様がすべきことは何か? 地上世界と天上世界とのふさがった道を皆開いて、ハイウェイを造っておかなければならないのです。それを知るべきです。地上世界から、霊界の地獄から、天上の位置まで、ハイウェイを…。(一三四・一二九)
真の父母は、霊界と肉界を中心とした王権を持って来られたために、それを霊界までつなげるためには、霊界に統一基盤を築いて、霊界王権基盤、蘇生的長成基盤をつなげなければなりません。そうしなくては、真の父母が地上において、完成基準を成したという位置に、霊界が同参することができません。それゆえ、その準備をしておかなければなりません。(一四〇・五四)
皆さんは先生を真の父母と呼びます。レバレンド・ムーンが、なぜ皆さんの父母ですか? 皆さんを産んであげましたか?(霊的な…)。(笑い) どのように霊的な父母ですか? 一つ違うことは何か?神様の愛、本来の愛をつなげてあげることができる父母なのです。それを知るべきです。
アダムが何か? 皆さんの先祖になりうる父母でしたがね、神様の愛をつなげられなかったのです。それをつなげられなかったのです。それゆえ、皆さんの父母たちは、皆さんを神様の愛につなげることができないのです。何の話か分かりますか?(はい)。
真の父母が違うことは何か? 神様の愛をつなげうる特権を持って来たということです、特権を。皆さんが父母の言葉を聞かないで、統一教会の文鮮明の言葉を聞くとは、これが社会の正義ですか、悪ですか?(正義です)。どうして?天宙の原則がそうであるためです。(一一八・一四八)
百五十四
真の父母が何をする人ですか?
偽りの子女たちを率いて、真の子女にする役割をするのです。ですから、サタンはそれをできないようにするために、ぶん殴り、ありとあらゆることを皆するのです。サタン側は、悪なる人です。それゆえ、真の父母は、息子娘を消化して段階的に家庭基準、氏族基準、世界基準まで消化しようとするのです。このように言いますが、問題は深刻です。(一四九・二八〇)
先生は、何かというと、この歴史時代に、すべてを見せてあげるのです。僕の僕と僕がどのように行くべきかを見せてあげるのです。どのように行き、一つになるべきかを見せてあげるためのことを、今までしてきたのです。先生についてきて、全部成しておいてこそ、後で神様の愛まで行く「ことができるのです。そうでなければ行けません。」のであって、それ以外にはありません。それを知るべきです。(一三五・一四二)
真の父母はどのようになるか? 人間の先祖の堕落によって、ふさがった塀を崩すことができる責任的条件を立てることができてこそ、真の父母になります。我々統一教会を見ると、キリスト教もそうであり、天主教、仏教、儒教、モスラムが皆入っています。
あの仏教もここに至るでしょう? それが分かりますか? 皆さん、それが分かりますか、分かりませんか?(分かります)。分からなければ恥をかくのです。ここに入ってくれば、宗教が一つになりうるということです。その次には、この氏族問題、人種問題ですがね、五色人種が一つになることができるというのです。(一一八・二七〇)
原理主管圏と直接主管圏の間に塀が生じたのを、蕩減しなければなりません。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天地の塀を全部蕩減しなければならないのです、全部。原理主管圏がサタンに占領されたのです。ですから、サタンが中間の位置にいるのです。神様が上にいて、人間が下にいれば、サタンは中間に位置しているのです。それで、サタンの塀が生じたのです。
では、どのようのこの塀を貫いて、神様の位置まで進むか? これが宗教の目的です。そこからサタンは、いつも間接主管圏を利用するのです、天地創造のときから今まで。ですから、これをもう一度つなごうというのが神様の摂理です。それで、歴史を通じて宗教を発展させてきたのです。それがユダヤ教でした。宗教を通じて、神様のみ旨が今まで流れてきました。そうして、キリスト教まで下ってきたのが、現在の我々の状況です。
真の父母は、この間接主管と直接主管をつなげる責任があるのです。サタンに引っかかっている個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の塀をどのようの壊すかというのが問題です。サタンはサタンなりに、神様の継続的なこの歴史をどのように妨げようかとしています。このように、二人が対決してきているのです。
粘り強くサタンが神様を相手にしているのです。
それで、先生がサタンと神様の中間で、いつもサタンを除去することをしてきたのです。どのようのサタンの讒訴を受けない位置で、この仕事をはかどらせていくか?それで、蕩減路程が出てきたのです。それが人間の責任分担です。今まで、人間が責任分担を成せませんでした。どのようにその責任を埋めていくのかということです。
百五十五
サタンは、それがメシアの責任であることを知っているのです。それで、すべてのサタン勢力を総出動させて、真の父母を攻撃したのです。それで、先生は、サタンの塀を壊すことを、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで経てきたのです。メシアは、この道をすべて経なければならないのです。
これが、我々の教会の歴史です。サタンに対して、いつも原理をしっかりと掲げてきたのです、愛をもって。サタンの血統を受けて堕落した父母として始まったことを、どのように人類の真の父母の位置として復帰させるか、ということに苦心したのが神様の立場だというのです。
それで、一九六〇年に父母様の聖婚式が、歴史上に初めて起こったのです。堕落した父母から復帰が起こったのです。イエスが来たのは、アダム・エバが堕落したことを復帰するためのものなので、イエスができなかったことを全部代わりにしなければならないのです。(一三一・七〇)
五)真の父母の愛
皆さんが本当の「私」を見出したというときは、神様が自分の心にいて、自分は解放圏にいるのです。本然の神様の愛と、本然の真の父母の愛を中心として、本然の血統の歴史をつないで生まれたのが、本然の自分です。その自分を見出せば、皆入るのです。そこに真の父母がいますか、いませんか?そこには、真の父母の愛があります。
神様の愛から自分が始まったために、自分を見出したときは、自分の中にはすでに二つの愛の本然相が植えられているのです。それが根になっているのです。自分を神様から離してしまうことができず、真の父母から離してしまうことができないのです。その肢体ですが、その肢体となった自体を否定できないのです。何の話か分かりますか? 皆さん、細胞のようなものをごらんなさい。細胞は、葉の細胞を切り取っても、根の細胞を切り取っても同じなのです。この頃は、細胞を繁殖して、植物も繁殖するではないですか?同様です。葉にも根があり、皆あるということです。
ですから、自分が偉大なのです。神様の愛と、真の父母の愛を、皆持っているのです。神様の愛と真の父母の愛は、宇宙のすべての主管性の核です。主体性の永遠な標準です。愛を中心として、全部主管しようとするのです。
ですから、自分自身がすべての代表になるのです。神様を代表することができ、父母を代表することができ、兄弟がいればお兄さんを代表することができ、弟を代表することができ、お姉さんを代表することができ、妹を代表することができるのです。そのような代表者になりうるのです。そのようになるとき、一族が歓迎するようになっているのであって、ケンカしません。反発が起きないのです。吸収されるようになっているのです。言葉は簡単でしょう。これは、原理の核です。そうでしょう?(はい)。
自分を完成しなければならないのです。道を修めるのも自分が完成するためのものではないですか? 自分の完成の位置に行くには、結局、神様を探し、真の父母を探して、接ぎ木することです。すっかり大きくなって、再び産むことはできないので、しかたなく接ぎ木しなければならないのです。それだからメシアが来るのです。
百五十六
メシア「は」が持ってくるものが何ですか? 本然の愛、真の父母の愛を、完成した男としてくるのです。本然の理想的な身代わりが来るのです。「私」という言葉を言う度に、これを考えてごらんなさい。ですから、解放される「のです。」でしょう?そういうものです。サタンから解放、生活圏から解放、血統圏から解放されれば皆終わるのです。
では、解放されて何をするのですか? 悪魔の代わりに神様に仕え、文化圏を形成しなければならないのです。真の父母の生活圏を形成しなければならないのです。完成したアダムの位置に立つので、生まれた目的を完成するのです。
それゆえ、自分には真の父母の愛が宿り、神様の愛が宿るのです。その愛が、自分を完成させることができる調和の根本です。それを言い換えれば、自分には愛があり、生命があり、血統があるということです。三位一体です。(二〇二・二八三)