天聖経 縮約版 - 第二冊 真の父母
二、メシアと真の父母
一)歴史と真の父母
・ 堕落と真の父母
本来は、真の父母の血肉を通して神様の愛する息子娘になるはずだったのが、堕落によって堕落した息子娘になってしまいました。それで、我々人類始祖が過ったことを解怨成就してあげるために、再び来られる父母が再臨主であり、救世主というものです。
堕落が何かというと、悪魔の偽りの愛と、偽りの生命と、偽りの血統を蒔いておいたものだというのです。
真の父母は、何をするか? この偽りの愛をきれいに清算して、個人、家庭、氏族・民族・国家が分立しうるよう平和と反対の悪魔の要素をきれいに清算するために闘争したのです。(二一七・一八五)
・ 歴史の願い
この世界は、堕落した父母と因縁づけられた世界であって、真の父母、神様が理想とした本然の世界とは関係のない世界です。堕落の結果によってこのようになったのです。
今まで人間たちの歴史的な願いは、真の父母を迎えるためのものなのです。メシア、再臨主は誰かというと、第三次アダムとして来られる真の父母です。
・歴史と真の父母
神様は、真なる息子一人をお探しになるために、今まで苦労されたのです。
神様が宗教を作って神様が真なる愛で愛することができる人を探すためなのです。
神様の復帰歴史は、真の父母を立てるための歴史であるとも見ることができます。
・復帰摂理歴史は真の父母を探すための歴史
真の父母はサタン世界と闘い、万物を主管しうる立場を収拾して、人間に代わって人間世界を主管しているサタンを壊滅させなければならず、霊界とも対決して、数多くの霊人たちまで主管できる絶対的な位置を構築しなければならない方です。
そして、神様の復帰歴史を見ると、僕の時代を経て、子女の時代を経て、父母の日を迎えることができるように、神様が役事してこられたことが分かります。
このように、僕の立場を復帰し、養子の立場を復帰した基盤の上で、直系の息子娘の立場を復帰し、真の父母の因縁を立てようとなさるのが、神様がこの地上にメシアをお送りになった目的でした。
本来、真の父母は、創造原理を見れば、霊的肉的に神様の祝福を受けた人でなければならないのです。
この地に再び来られる主は、霊的な父母の立場を復帰しなければならず、肉的な父母の立場を復帰しなければなりません。
また、イエス様が霊界で築いておかれた霊的な個人・家庭・国家・世界的な基盤を相続しなければなりません。
神様が復帰摂理をなぜなさるのか? 本然の父母、すなわち真の父母の因縁を立てるためです。では、真の父母はどんな方か?真の父母は、神様が臨在しうる実体聖殿です。
二)メシアは真の父母
・ メシアは真の父母である
来られるメシアは、どのような方か? 個人はもちろんであり、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙全部をかけておいて、信仰と希望と愛の実体として立ちうる方です。
メシアは真の父母である。我々は真の子女である。同じ運命圏に立って、そこに加わらなければいけない。(五五・九九)
メシアの顕現過程
今まで宗教が出てきていますが、使命は何かというと、一人を探そうということです。
その一人、中心存在がメシア、救世主というものです。
メシアは男です。そのメシアが来て、サタン世界で血統的な関係を超越して、サタンに勝たなければなりません。
神様と一つになりうる父母の位置を、我々に持ってきてくれる方がメシアです。
第二は何かというと、我々を再び産んでくれるのです。
第三は何かというと、メシアは我々人間を、サタン悪魔を僕の奴にして、僕として使うことのできる人に作り上げるということです。
・メシアの使命
メシアは縦的な基盤完結を見て、横的基盤の出現を成立させることです。天倫のすべてを、神様と人類が行くべき公の目的を縦的基準に一致させて、個人的な縦的完成標準、家庭的な縦的完成標準、国家的な縦的完成標準、世界的な縦的完成標準を完成させるために、その内的計画を全部掌握して来られる方が再臨主だというのです。(七一・八〇)
救世主は、人間だけでなく、神様まで解放する人を言います。神様解放と悪を決算するための総責任者が救世主です。
メシアは初めて、歴史上において一つの国の主権と国土と民を探し、それを基盤として、横的な世界を奪うための戦いをコーチする司令官として来るのです。
サタンは、世界的な主権を持っているために、世界主権まで追放しなければなりません。そうしてこそ初めて、この地球星に解放圏が生じるようになるのです。
二)イエス様と真の父母
イエス様はエデンの園で、アダム・エバが堕落することによって、真の父母になれず、偽りの父母になり、偽りの子孫を産んだので、これを再び復帰するための真の父母として来られたのです。
それゆえ、イエス様を完全に信じて、イエス様と一つになれば、真の子女復帰、真の夫婦復帰、真の父母復帰をすることができるのです。(八・一〇九)
三)再臨と真の父母
・ 準備すべきメシアを迎えること
天国が来る前に、天国の民族が出てこなければならないということです。その民族が出てくるには、特別な氏族が出てこなければならないのです。その氏族が出てくるには親族の中心になる家庭が出てこなければならないのです。また、その家庭が出てくるには、息子がいて、父母がいなければならないというのです。その父母が出てくるには、 天国のすべてを代表しうる一人の男がいなければならないのです。それがメシアです。
・ 再臨主のすべきこと
来られる主がすべきことは何か? サタンに勝利すべきであり、その次にはすべての霊人たちに勝利すべきなのです。
それゆえ、サタン圏で勝利圏を持って、その次には、霊界に入って勝利圏を備えて、雑教からキリスト教どうしで屈服させることをしなければなりません。
それゆえ、真の愛を中心として屈服させて、彼らのすべての権限を相続しなければならないのです。それがメシアという方がこの地上で果たすべき責任です。
これから愛を中心として、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙を統一する、という強力な力を持った宗教でなければだめだという結論が出てくるのです。(一三〇・一七五)
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二、メシアと真の父母
四)歴史と真の父母
・ 堕落と真の父母
今、歴史時代に人類の終末時代が来ていますが、これが何かというと、民主と共産が交差するのです。サタン世界の全権時代が来て、全世界に澎湃していたのが、皆狂うようになれば、行く所がありません。そうなれば下っていくのです。七〇パーセントになれば下っていきます。七千年の歴史を中心として蕩減するのです。
この七千年が問題です。第一次世界大戦も、七〇パーセントをドイツが勝ったのです。日本が大東亜戦争と言った第二次大戦も、七〇パーセント以上勝利しました。そうなれば、そこから下り始めるのです。このように、皆原則的な公式を通じて、歴史も発展するということを知らないでしょう。
このように、偽りの父母として生まれたので、これは曲折が過ったのです。その上に、父母を中心として、このようになるべきなのに、このようになったからこれを解かなければなりません。個人的に解かなければならず、家庭的に解かなければならず、氏族的に解かなければならず、民族的に解かなければならず、国家的に解かなければならず、世界的に解かなければならず、天宙的に解かなければならないのです。(二一一・三一〇)
今日、我々が暮らすこの世界に、真の父母を迎えましたが、この地には真の父母の息子娘だけが暮らしているのではなく、堕落した父母の息子娘も暮らしています。本来は、真の父母の血肉を通して神様の愛する息子娘になるはずだったのが、堕落によって堕落した息子娘になってしまいました。それで、我々人類始祖が過ったことを解怨成就してあげるために、再び来られる父母が再臨主であり、救世主というものです。
百二十四
彼が来ては、前もって産んでおいた長子を復帰しなければなりません。その長子が庶子のようになりました。血筋が変わりました。本然的愛から神様の血統を受け取っただろうに、堕落することによって他の血筋を受け継ぎました。そうだといって神様は捨てることはできません。
これは、庶子のようです。野生のオリーブの木です。この野生のオリーブの木の畑を悪魔が支配するので、神様が野生のオリーブの木を自分の所有にしなければいけないのです。これを強制的に強奪するのではありません。銃剣でするのではありません。自然屈服できる環境を中心として、冷遇されて打たれ、一つ、二つずつ奪ってくるのです。
今日キリスト教が世界的な版図を成すまで、どれほど犠牲の代価を払ったかしれません。殉教の祭壇に絶えず犠牲にさせることで、悲惨なその喊声が地球上に響きわたり、その泣き声が聞こえない所がないほど、そのような歴史を経てきたのです。その血の祭壇が連続し、今日目前にまで到達した歴史的な恨がもつれているということを知るべきです。これを受け継いで解怨すべき厳粛な歴史的課題を抱いている我々は、神様を解放し、キリスト教を再度解放しなければなりません。(二一〇・三六〇)
堕落が何かというと、悪魔の偽りの愛と、偽りの生命と、偽りの血統を蒔いておいたものだというのです。この男たち!男の中で愛がありますか、ないですか?(あります)。生命がありますか、ないですか? 血筋、先祖から受け継いだものでしょう? では、この男がジェントルマンなら、歴史以来先祖から受け継いだ愛の結実であり、生命の結実であり、血統の結実だというのです。
それが何かというと、サタンの愛と、サタンの生命と、サタンの血を受け、神様の怨讐になりうるこのような立場に立ったその愛を受け継いだということです。これを振り切って脱ぎ捨てなければ、地上の平和はやってくることができないのです。それで、レバレンド・ムーンが真の父母の理想を持って出てきたのです。
トゥルー・ペアレンツ(true parents;真の父母)は、何をするか? この偽りの愛をきれいに清算して、個人が分立し、家庭が分立し、氏族・民族・国家が分立しうるよう平和と反対の悪魔の要素をきれいに清算するために闘争したのです。(二一七・一八五)
・ 歴史の願い
我々統一教会では、真の父母という言葉を使っているのです、真の父母。皆さんが今、この堕落した世界歴史について見るとき、この世界には堕落した父母が生まれた、堕落した父母が生まれて堕落した世界を成した、ということが分かるでしょう。
この世界は、どんな世界かというと、堕落した父母と因縁づけられた世界であって、真の父母、神様が理想とした本然の世界とは関係のない世界です。それゆえ、長い人類歴史を経てきながら、この世に多くの人たちが生きては死にましたが、彼らが幸福を歌いつつ
百二十五
「ああ、私は人間として生まれてやはり幸せで、人間として成功した人だ。すべての面において成功した一人だった」と宇宙の前に誇って暮らしていった人は一人もいないのです。
それで、人間の歴史は苦海と同じだ、悲哀の歴史だ、戦争の歴史だ、疾病の歴史だというのです。なぜこのようになったのかというと、堕落の結果によってこのようになったのです。
今、人類の希望は何か? 人間がどのように完成した人になるかということです、完成した人。神がいるなら、その神の前に、完全な絶対者がいるなら、その絶対者の前に、完全でありうる人をどこで探し、どこで成すかということです。
それで、今まですべての哲学を通じて、宗教を通じて、人間たちはそれを探しに探しましたが、その解決点を皆見れず、今はすべて放棄状態に至ったのです、それが現世の人間の立場だというのです。(一三七・八一)
今まで人間たちの歴史的な願い(は)が何かというと、真の父母に侍ることです。真の父母を迎えるためのものなのです。神様がイスラエルの国とユダヤ教を立てられたのは、メシアを迎えるためなのです。メシアが誰かというと、真の父母です。また、キリスト教とキリスト教文化圏を作ったのは、再臨主を迎えるためなのです。再臨主は誰かというと、第三次アダムとして来られる真の父母です。
真の父母が来られる時になれば、世界のすべての痩ニが兄弟の因縁を持つので、第二次世界大戦後に、戦勝国家が敗戦国家を全部解放させるということが起こったのです。これは、兄さんの立場から弟を叩いて捕まえたので、そのような非正常的な歴史的現象が起こってきたのです。
歴史が願いつつ訪ね来たことが何かというと、真の父母に会うことです。宗教が出てきたのも、真の父母に会うためです。世界が出てきたのも、真の父母を探すため、国が出てきたのも、真の父母を探すためです。真の父母の道を備えるために出てきたのです。(五一・三五四)
・歴史と真の父母
今まで宗教は何をしてきたか? 真なる息子一人に会うための努力をしてきたのです。神様は、真なる息子一人をお探しになるために、今まで苦労されたのです。それゆえ、宗教の教祖たちの中には女がいません。
皆さん、宗教の教祖の中に女がいますか、いませんか? いないでしょう? 全部男でしょう? これは、真なる息子一人を作るために、つないできたということを意味します。一段階、二段階、三段階、百段階…。このように上がって、 後のバトンを受け継いで勝敗を決定しうる一人の主人公、息子を探してきたのです。これが今までの歴史です。(四一・二八)
百二十六
神様が宗教を作って何をするのだろうか?何をしようというのか? 神様が宗教をなぜ作ったのか? 世界のぼろきれ、大きなぼろの版図を作るためのものではありません。目的は簡単です。神様が真なる愛で愛することができる人を探すためなのです。その一人を探すために、愛の環境的要件の中で、神様が守って、相対的な一人を探せばおしまいです。愛が、二つ、三つ必要ですか?同様です。(一七三・三四)
神様の復帰歴史は、真の父母を立てるための歴史であるとも見ることができます。それゆえ、カイン・アベルから今日に至るまで、天は内的に真の父母を復帰するため、摂理してこられました。誰でもこの目的を成すための根本摂理に敵対したり、妨害したりすれば、彼は天道の前に捨てられるようになり、結局滅びるしかありません。(九・一〇)
歴史に通じるものは何か? 神様の解放は、真の父母と一つになって、地上のすべての祭物を捧げることができるサタンの讒訴条件を清算しなければなりまん。それを清算しなければ、皆さんが行くことができません。皆さんがどのように神様の心情的所有権に逢着するか?
皆さんの父母とみなさんと万物が、平行線上で神様の所有であると決定しうる場を持つことができなかったのです。これを蕩減復帰すべきです。(一三七・二六九)
・復帰摂理歴史は真の父母を探すための歴史
神様のみ旨に代わって、この地上に現れるべき真の父母はどんな方か?
万物に代わって、サタン世界と闘い、万物を主管しうる立場を収拾して、人間に代わって人間世界を主管しているサタンを壊滅させなければならず、霊界とも対決して、数多くの霊人たちまで主管できる絶対的な位置を構築しなければならない方です。真の父母にはそのような使命があります。
それで、神様は堕落した世の中を復帰なさるために、万物から人間、天までつながった一つの世界を復帰するため、今まで真の父母を送りうる道を築いてこられたのです。
我々は、復帰原理を通じて真の父母が現れるためには、真なる息子娘がいなければならず、真なる息子娘が現れるためには、真なる僕がいなければならないということを習いました。
そして、神様の復帰歴史を見ると、僕の時代を経て、子女の時代を経て、父母の日を迎えることができるように、神様が役事してこられたことが分かります。また、僕の時代から、養子の時代、子女の時代を経て、父母の時代まで復帰してくる間、霊界にいる霊人たちも協助してきたということを、我々は原理を通じて習いました。
外的に一国家の基準を超えて、世界的な基盤が備わる前には、真の父母はこの地に来ることができません。それで、神様は、ノアとアブラハムを経る二千年の摂理歴史期間があった後、ヤコブをして初めてイ X ラエル民族を形成しうる基盤を築くようになさいました。そして、その民族を通じて国家を形成するようになさいました。そうするまで、数多くの歴史路程を経てきながら、ご苦労されたのです。
百二十七
そうするためには、個人の立場で神様に代わってサタンと対決して勝たなければならず、養子の立場で神様に代わってサタンと戦って勝たなければならず、直系の息子娘の立場でも神様に代わってサタン世界と戦って勝たなければなりません。そうでなければ、真の父母を迎えることができません。それゆえ、摂理歴史は旧約時代から新約時代を経て、今まで長い歴史を経てきているのです。
このように、僕の立場を復帰し、養子の立場を復帰した基盤の上で、直系の息子娘の立場を復帰し、すなわち勝利の基盤を築いておいた後に、真の父母の因縁を立てようとなさるのが、神様がこの地上にメシアをお送りになった目的でした。
イスラエル民族の不信で、神様が四千年間準備なさった僕の基盤が崩れ、養子の基盤も崩れました。それで、二千年前に来られたイエス様は、僕の立場で戦って勝利され、養子の立場で戦って勝利され、直系の息子の立場で進まなければなりませんでした。これがイエス様の立場であったことを我々は知っています。
養子の立場と直系の息子の立場を経た後、イスラエル民族を基盤として、真の父母の因縁を立てておいて行くのが、神様がイエス様を送られた目的でした。また、それをイエス様がこの地に来てなさるべき使命でした。ところで、イエス様が十字架にかかって亡くなられることによって、全体的な基準で勝利の基盤を築くことができず、霊界を中心として真の父母の因縁を開拓してこられたのです。
ところで、まだ個人的な位置、家庭的な位置、民族、国家的な位置をつかめずにいます。ただ、天のみ旨に対する個人と家庭と民族と国家を立てて、今まで回りに回ってきたということを、み旨を知った我々は知っています。 この世界的な時代を迎えて、天は必ず約束されたように、終わりの日になれば、新郎となられる主を送ってくださるでしょう。それで、新婦を選ばれ、真なる勝利の基盤をお築きになるでしょう。真の父母の位置は、本然の創造目的の位置であるために、そのような位置を築くため、神様は今まで六千年間闘ってこられたというのです。
それゆえ、六千年復帰摂理歴史は、この真の父母を迎えるための歴史だと言っても過言ではありません。その真の父母は、六千年摂理史全体に代わる方です。それで、その真の父母を探せなかったことが、人類の全体の悲しみに代わり、全体の苦痛に代わり、全体の悲哀に代わるということを、我々は知るべきです。
人類歴史は何の歴史かといえば、真の父母復帰歴史であると言うことができます。真の父母を復帰せずには、真なる子女が存在しえず、真なる子女の因縁を立てる前に、真なる家庭と真なる氏族と真なる民族・国家・世界・天宙が存在することができません。神様は、今までこの基準を立てるため、六千年という長い歳月を苦労してこられました。
今から二千年前に来られたイエス様は、この地上に初めて真の父母の栄光として来られた方でした。ところで、イエス様が真の父母として現れるためには、すなわち真の父母は、歴史的な結実体であるので、イエス様が歴史的な結実体として立たれるためには、一面的な勝利だけしてはいけないのです。息子の使命だけ果たしてもいけないのです。父母の使命を果たさなければならなかったのです。
百二十八
イエス様は、この地上で肉的には息子の立場を復帰する路程を経ていかなければならず、霊的には父母の立場を復帰する路程を経ていかなければなりませんでした。このように、両面的な立場で責任を果たして、神様と一つになりうる起点を立てなければなりませんでした。
そうするとき初めて、その起点は、個人的イスラエルの基盤になり、家庭的イスラエルの基盤になるのです。民族的イスラエルの基盤になり、国家的イスラエルの基盤になり、このようになっていたら、霊的肉的に真の父母の基準を立てることができたのに、イスラエル民族がイエス様を不信することによって、その基準を立てることができませんでした。
本来、真の父母は、創造原理を見れば、霊的肉的に神様の祝福を受けた人でなければならないのです。ところで、イエス様はイスラエル民族の不信によって、真の父母になれませんでした。イエス様は、霊界に行かれても、真の父母を迎えることができる基盤を築いてこられたのです。
この言葉は、どういう意味か? この地に再び来られる主は、霊的な父母の立場を復帰しなければならず、肉的な父母の立場を復帰しなければなりません。これをご存知のイエス様は、それで今まで二千年間、霊界に行かれて何をなされたのかというと、再び来られる主が霊界から迫害を受けないで、蹂躙されえない基盤を築かれました。イエス様を中心とした霊的な社会、国家、世界的な基盤を築かれました。 イエス様は地上ではなく、霊界で摂理してこられたために、キリスト教を信じる人たちは、全部霊的父母と因縁を結んできたのです。
この地に再び来られる主は、イエス様が洗礼ヨハネからすべての祝福を相続されたのと同様に、イエス様から(また)イエス様が霊界で築いておかれた霊的な個人・庭・国家・世界的な基盤を相続しなければなりません。そのような立場を経ずしては、真の父母の因縁をこの地に立てることができないのです。
地上で霊的な相続の基準を立てるのが原則です。これは、地上のキリスト教徒たちが、イエス様が再び来られる主に霊的な基盤を相続されるようになるとき、一つになれば、地上で相続の基準が築くことができたのですが、今までキリスト教徒たちがこのような基準を立てておけなかったために、霊的な勝利の基盤が、来られる真の父母の前にそっくりそのまま移されることができなかったのです。
それによって、再び来られる真の御父母様は、再度霊的相続の基準を復帰し、肉的な相続の基準を復帰する闘争歴史を経ていかなくてはならなかったのです。
百二十九
本来、神様が六千年間摂理されたことは、来られる真の父母の基盤を備えて、当代に勝利の基盤を築かせるためだったのに、この地上にいる聖徒たちが霊的父母の命令に一致団結して従うことができなかったことによって、その命令に歩調を合わせられなかったことによって、今までイエス様が築いておいた霊的基盤を、再び来られる主が相続する基準が立てられなかったのです。 それで、再び来られる主は、真の父母となられる方は、再び霊的な世界から、個人的試練から、家庭、氏族、民族、国家、世界的な試練を受けなければなりません。その試練に勝たずしては、内的勝利の基準を立てずしては、地上に実体的な勝利の基準を立てられないので、内的な闘いをしてこざるをえないのです。(一三・二八一)
神様が復帰摂理をなぜなさるのか? 本然の父母、すなわち真の父母の因縁を立てるためです。では、真の父母はどんな方か?真の父母は、神様が臨在しうる実体聖殿です。皆さんは、これが実際に実感できますか? その価値がどれほど大きいでしょうか? 皆さんの家ぐらいになりますか? でなければ、皆さんの体、皆さんの息子娘、皆さんが暮らしている国、世界と同じですか?
ところが、神様を知るのに、自分の家のタンスの中に入っている廃物よりも劣ると思っている人がいるのです。そのような人たちが、神様に「福を下さいませ!」と言っています。そのような人たちを通じて、神様のみ旨が成されうるでしょうか?神様のみ旨が成されうるかというのです。皆さんは、それを知るべきです。(二二・四四)
二)メシアは真の父母
・ メシアは真の父母である
来られるメシアは、どのような方か? 個人はもちろんであり、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙全部をかけておいて、信仰と希望と愛の実体として立ちうる方です。その方が、このような場に立ってこそ、初めて人類の歴史上に残っている信仰が、結実しうるのであり、希望が結実しうるのであり、愛が結実しうるのです。
そうでなければ、信仰と希望と愛が結実することができません。その方が言う言葉は、個人的な言葉ではありません。皆さんもそんな信念を持って叫ぶようになるとき、その言葉は個人の口から出てくる言葉ですが、世界史的な内容と因縁を備えた言葉になるということを知るべきです。
知恵深い人とは、どのような人か? 世界的な時を、希望の時をまず区別するすべを知る知覚を持った人です。それを予め知って、分析して、批判して、実践して、自分のものにする責任を負うことのできる立場に立っている人が、知恵深い人です。
メシアがこの地上に来られるとき、彼は個人として来られますが、個人ではありません。その方の価値は、全世界の人類が信じている信仰の結実体であり、全世界の人類が願っている希望の結実体であり、全世界が願っている愛の結実体です。
その結実体には、すべての歴史路程がつながっています。すなわち、過去、現在、未来が皆つながっています。そして、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界が全部つながっており、天と地がすべてつながっているのです。(一三・一四三)
百三十
メシアは真の父母である。我々は真の子女である。同じ運命圏に立って、そこに加わらなければいけない。(五五・九九)
メシアの顕現過程
今まで宗教が出てきていますが、使命は何かというと、一人を探そうということです。数多くの宗教が救いを得て何がどうだと言いますが、世界的によりすぐって、高の位置に上がりうる人、その位置を超えたその一人を探そうというのです。その一人を立てようというのです。
このように、すべての宗教の中心は、一人ですが、その存在が誰かというと、メシアというものです。言い換えれば、すべての宗教が一人を探してくるのに、その一人、中心存在が誰かといえば、メシア、救世主というものです。
メシアが来る所には、その場に一度に来るのではありません。七年路程を経なければなりません。メシアは男です。そのメシアが来て、サタン世界で血統的な関係を超越して、サタンに勝たなければなりません。
勝ったその男を中心として、家庭的に勝たなければならず、氏族的に勝たなければならず、民族的に勝たなければならず、国家的に勝った基盤を作っておかなければならないのです。男一人だけをもってしてはいけません。すなわち、サタン世界よりもましにならなければなりません。サタン世界に属した家庭より優位に立たなくては、メシアは彼らを率いることができる立場になれないのです。
サタン世界の 高の基準が何かというと、国家というものです、国家。サタンは、いつも国家を中心として反対してきました。サタンは、国を持ったために、その国を中心として個人的にも天を叩き、家庭的にも天を叩き、氏族的にも天を叩き、民族的にも天を叩いたのです。いつもこの国を中心として、天が築いてきた道をいつも妨害してきたのです。
結局、反対されて迫害されるのは、劣っているためであって、勝っているならかえって迫害することができ、支配することができるのです。人間が堕落したことによって、この世界はサタン世界になったために、この世界にはサタン側の個人もいくらでもいるのであり、家庭もいくらでもいるのであり、氏族もいくらでもいるのであり、国家もいくらでもあるのです。ですが、天の側はいないのです。個人はいますが、その基準に上がった家庭や、氏族や、民族や、国家がないのです。
結局、メシア個人として家庭に勝ち、メシア個人として氏族に勝ち、メシア個人として国家に勝ちうる基盤がなくては、一般の人が上がる道がないということです。
それで、神様は、この地上にメシアが来るようになれば、メシアに従って共に上がりうる圏を、個人から家庭を経て準備しておきましたが、それがイスラエル民族です。そして、その思想が選民思想なのです。
百三十一
しかし、イスラエルの国は、まだここに上がれませでした。線に引っかかったのと同じです。それゆえ、選民の希望が何かというと、この線を越えることです。この線を越えるべきであって、越えなければ大変なことになるのです。ですが、この線を越えようとしても、自分たちだけでは越える道がありません。 ですから、神様はイスラエル民族にメシア、すなわち救世主を送るという約束をしたのです。神様がこれを国家的に越えるために、数千年間準備されたのがメシアです。メシアを送るという約束をされたのです。
それで、イスラエル民族の前にメシアが来るようになれば、そのメシアを中心として死ぬとしても共に死のうという立場になって、サタンが離そうとしても離すことができないように完全に一つになれば、そこから個人的に接ぎ木して、家庭的に接ぎ木して、氏族的に接ぎ木して、民族的に接ぎ木して、国家的に接ぎ木して、彼らを一時に皆ここまで引き上げあることができるのです。
それゆえ、この世界には、選民思想がなければなりません。そうして、神様が選んだ民族を中心として、神様が選びうる国家を形成しなければならないのです。選民がいるというその言葉自体は、神様がいるという事実を証すものなのです。メシアを送るという預言があるということは、このような原則で見るとき、神様がいることを証すものです。
では、我々がメシアを必要とするようになったのは、何の目的があってか? それが問題です。堕落することによって、我々は偽りの父母を持ちました。神様と一つになった父母がなくなったということです。神様と一つになりうる父母の位置を、我々に持ってきてくれる方がメシアです。これが第一です。
第二は何かというと、我々を再び産んでくれるのです。結局は、我々の体にサタンの血があるから、その血を抜いてサタンの息子娘でないという立場で、我々を接ぎ木して再び産んでくれるということです。
第三は何かというと、メシアは我々人間を、サタン悪魔を僕の奴にして、僕として使うことのできる人に作り上げるということです。すなわち、我々人間たちの前にメシアが来て、我々をしてサタンを屈服させて僕にしうる、サタンを屈服させて彼を処断しうる資格者にしてくれるということです。
結局、人間が堕落したために、第一は、父母を失い、第二は、サタンの血を受け、第三は、サタンの支配を受けるようになったのです。ですから、それを復帰するためには、逆さまに上がっていかなければなりません。
原理を見ると、信仰基台があり、実体基台があります。信仰基台を成して実体基台を成してこそ、メシアを迎えることができるようになっているのです。これが原理なのです。それゆえ、信仰基台と実体基台まで成そうというのです、外的に。(五四・一八六)
メシアは、それ自体が信仰の目的体であり、希望の目的体であり、愛の目的体です。信仰と希望が成された目的体です。では、メシアを主として、目的を完成したそのときには、何だけが残るだろうか?目的が皆達成したので、愛だけ残るしかありません。
百三十二
それゆえに、 後に残るのは愛であると言いました。その愛は、信仰の完成実体を通じた愛であり、希望の完成実体を通じた愛です。その愛一つを主にした代表者として来られる方が、メシアだということを我々は知っています。(一三・一四一)
・メシアの使命
メシアのみ旨は何か? 縦的な基盤完結を見て、横的基盤の出現を成立させることです。そうであるなら、メシアは何か?天倫のすべてを、神様と人類が行くべき公の目的を縦的基準に一致させて、個人的な縦的完成標準、家庭的な縦的完成標準、国家的な縦的完成標準、世界的な縦的完成標準を完成させるために、その内的計画を全部掌握して来られる方が再臨主だというのです。(七一・八〇)
宇宙をじっと見ると、偉いという存在が二つあります。神様とサタンしかないのです。(笑い)そうではないですか? 善悪の主人が戦っているのです。人間を中心として善悪の闘争であるのです。
サタンがどれほど偉いですか? 今までの人間の歴史を人類学で見るなら、一五〇万年がどうだこうだと言いますが、悪の闘争をする総大将として、神様までひどい目にあわせてきて、びくともできないようにして、神様も足を持ち上げられてどうしようもできなくするサタンが、どれほど偉いかというのです。
この戦いを誰が終えなければならないか?神様もその戦いを終えられず、サタンも終えられません。このような言葉は、初めて聞くのです。悪神と善神の戦いを誰が終わらせてあげることができるか?それは、神様でもなく、サタンでもありません。では誰が?人間が。どんな人間?(真なる人間!)真なる人間。 真の愛から出発して、真の愛を持って行く、世界万民がついていくことができる愛の主人公にならなくては、神様とサタンの戦いを終えることができないのです。この戦いから解放されない限り、人間の歴史世界において、平和という言葉は妄想的な言葉になるのです。理想という言葉は、抽象的であり感傷的な言葉に過ぎません。
では、誰がこの戦いを解決できるかというのです。それで神様は、この代表者を送りましたが、その主流の思想をメシア思想というのです。分かりますか?(はい)。救世主思想。救世主は、人間だけでなく、神様まで解放する人を言います。悪を処断することを言います。神様解放と悪を決算するための総責任者が救世主です。
救世主の「世」というのは、この世の中を言うのです。神様がこの世を愛されてひとり子を下さったのであって、キリスト教を愛されてひとり子を下さいましたか?ヨハネ福音書三章一六節をすらすらとよく覚えるキリスト教徒たち! 神様がキリスト教会を愛されてひとり子を送られたので、誰もが私を信じれば滅びず救いを受けると言いましたか?「神様が世の中をこのように愛されて」といったこの言葉を取ってしまって。
救世主の使命は何か? 神様を解放することであり、サタンを処断することです。そのように人間に食いついて、さっさと処理しながら讒訴していた怨恨の元凶を誰が清算するか?神様はできません。神様はできないのです。救世主だけができます。(一三六・二二〇)
百三十三
メシア(は)が来て何をするのか? 初めて、歴史上において一つの国の主権と国土と民を探し、それを基盤として、横的な世界を奪うための戦いをコーチする司令官として来るのです。それがメシアの使命です。分かりますか?(はい)。これを知るべきなのです。
サタンを屈服させるには、国家だけ屈服させてはいけません。サタンは、世界的な主権を持っているために、世界主権まで追放しなければなりません。そうしてこそ初めて、この地球星に解放圏が生じるようになるのです。分かりますか?(はい)。
地球星のどこに行っても、サタンが反対する陰があっては、神様が自由と平和の園として創ったエデンの園の理想が実現されません。地球星に、サタンが反対しうる影がなくなってこそ、地上天国が完成するのです。地上でそのことが完了されてこそ、天上世界の解放運動を始めることができるのです。分かりますか?(はい)。これが統一教会の食口たちが行くべき道です。確実に分かったでしょう?(はい)。(五七・一三〇)
メシアがすべきことは何か? 個人的にサタンを屈服させ、サタンの血統を除去し、個人的に勝利の道を築くべきであり、家庭的に築くべきであり、国家的に築くべきであり、世界的に勝利の道を築くべきです。これがメシアの行く道です。言い換えれば、 第一は、個人が行く道を築くべきであり、 第二は、家庭が行く道を築くべきであり、 第三は、国家が行く道を築くべきであり、 第四は、世界が行く道を築くべきです。
個人的に勝った次には、世界的なサタンが動員して、国家と民主世界が合わさり、攻撃をしてきても、それと戦って勝たなければならないのです。家庭的にも全世界的にそうしなければなりません。言い換えれば、ヤコブが天使と戦って勝ったのと同じであり、アベルがカインに勝ったことと同様に勝たなければなりません。これは、一対一の戦いなのです。
ですが、今のときは、カインのサタン世界全体を打たなければならないのに、そうするには、そうすることのできるも先端の代表的な国がなければなりません。そこが韓国です。(五四・一九八)
五)イエス様と真の父母
イエス様はどんな方か? エデンの園で、アダム・エバが堕落することによって、真の父母になれず、偽りの父母になり、偽りの子孫を産んだので、これを再び復帰するための真の父母として来られたのです。アダム・エバは、真の父母になれなかったのと同時に、真の夫婦になれなかったので、真の子女にもなれませんでした。
それゆえ、イエス様を完全に信じて、イエス様と一つになれば、真の子女復帰、真の夫婦復帰、真の父母復帰をすることができるのです。それで、イエス様をいちばん愛せということです。皆さんはそれを知るべきです。(八・一〇九)
百三十四
黙示録に見ると、終わりの日には、主が新婦を迎えにこの地に来られるという内容があります。皆さん「子羊の宴」が何か分かりますか?それは、歴史以来初めて一人の新郎と一人の新婦が、神様の愛を中心として夫婦を成す宴の日を言うのです。
我々人類の始祖が堕落することによって、我々の先祖は善の父母ではなく、悪なる父母になりました。それゆえ、神様が構想された位置、我々人類の先祖が堕落しないで成すべきだった本然の父母の位置、真であり善の父母の位置は、まだ現れず、成すことができなかったのです。
聖書に見ると「私はアルパでありオメガである。 初の者であり、 後の者である。初めであり、終わりである(黙二二:一三)」と言われた所があります。創世記から成そうとされた目的を成すことができず、堕落したために、黙示録に行って終わりになるのです。
では、イエス様はどのような方として来られたか? アダムが堕落したために、堕落しないで神様の愛に一致しうる完成したアダムとして来られたのです。それで、コリント人への第一の手紙一五章四五節に見ると「『初の人アダムは、生きた者となった』と書いてあるとおりである。しかし 後のアダムは命を与える霊となった」と言いました。
聖書に見ると、イエス様を第二番目のアダムと指摘しました。神様が我々人間に賦与しうる真なる息子の位置、夫婦の位置、父母の位置を決定づけずには、神様が計画された家庭を探すことができないために、それが地上に現れなければならないのです。
皆さん、世界には数多くの宗教がありますが、その中で、キリスト教だけが四大要件を中心として、神様の息子になり、神様と一つの体になり、神様のみ旨の中で互いに新郎新婦を迎え、新しい家庭を構想する理念を持っています。イエス様がそのような理念を持って来られたために、イエス様を中心としたキリスト教は、世界的な宗教にならざるをえなかったのです。(五四・一〇八)
六)再臨と真の父母
・ 準備すべきメシアを迎えること
皆さんの暮らす所はどこですか?(天国です)。今そこに暮らしていますか?(いいえ)。では、その天国というのは一度に出てきますか?(出てきません)。
では、天国が出てくる前に何が出てくるべきですか?(メシアです)。メシアだけではだめなのです。イスラエルの国の前にメシアが来たではないかということです。しかし、だめだったのです。ユダヤの国に、イスラエルの国に、イエス様が来ましたが、天国がなされたのかというのです。
百三十五
それゆえ、天国が来る前に、天国の民族が出てこなければならないということです。それを知るべきなのです。では、その民族が出てくるには、どうすべきでしょうか?一度に民族がやたらに出てきますか? 特別な氏族が出てこなければならないのです。その氏族が出てきて、民族を動かさなければなりません。
では、氏族が出てくるにはどうすべきか?そうするには、親族がいなければならないのです。その親族が出てくるには、どのようにすべきか?親族の中心になる家庭が出てこなければならないのです。また、その家庭が出てくるには、どのようにすべきか? 息子がいて、父母がいなければならないというのです。では、その子女が出てくるには、どのようにならなるべきか?その父母がいなければなりません。その父母が出てくるには、どのようにすべきか? 天国のすべてを代表しうる一人の男がいなければならないのです。
それが誰か? メシアです、メシア。その男は、どのようになるべきか? 男が父母になるには、相手を探して、一つにならなければならないのです。それがキリスト教の教えです。それが終末です。
このように逆さまに落ちたのを、世界的なキリスト教の基盤の上に二千年間イエスを中心として、反対に霊的な復帰をしてきたのです。これが霊的なキリスト教なのです。ここでメシアを迎えれば、すべてが終わるのです。
ここに再臨主が来るということです。これを逆さまにするのです。そうして、全世界が一つになり、国家どうし一つになり、そのようになるのです。国家の中で、キリスト教の宗派が一つになり、宗派の中ですべての祭司長たちが一つにならなければなりません。このようになるべきです。宗派が一つになるためには、祭司長たちが一つにならなければならないのです。祭司長たちが一つになって、イエスと一つになるべきなのです。そうしてイエスに侍って A 一つになるようになれば、一時に世界が復帰されるのです。これを二千年間準備してきたのです。
しかし、これが断たれたため、すなわちこれがすべてだめだったため、どのようにしなければならないかというと、再び準備をしなければならないのです。(六六・二七七)
・ 再臨主のすべきこと
来られる主がすべきことは何か? サタンに勝利すべきであり、その次にはすべての霊人たちに勝利すべきなのです。
皆さん、今日道士たちが、自分が天下に何になると誇る人たちがいますが、この堕落圏を収拾しうる内容がどのようになっているかということを知らないで、ただ時だけ願って精誠を尽くすばかりではだめなのです。
サタン圏に勝利して、その次には何に勝利すべきですか? 霊界圏に勝利すべきです。それは、見える世界ではなく、見えない世界だというのです。見えない世界と闘争をして、サタンに勝利できないようになれば、霊界に進展しうる道が生まれてこないというのです。必ず妨害を受けるために、霊界に入ろうとしても、入ることもできないし、入っても戦って勝つことができないというのです。
百三十六
それゆえ、サタン圏で勝利圏を持って、その次には、霊界に入って勝利圏を備えて、雑教から全部経て高の宗教、キリスト教が最高の主流の宗教なら、キリスト教どうしで屈服させることをしなければなりません。それは何かというと、彼らのすべてを相続しなければならないということです。
このような戦いの過程を経て、天地に勝利的公認を受けうるようになるときに、神様から「おまえはサタンと霊界の勝利者だ!」という立て札をもらって、地上の実践路程が始まるのだということを皆さんは知るべきです。分かりますか、何の話か?(はい)。そのような歴史が残っているのです。
では、来られる主は、どんな方か? サタン悪魔を屈服させなければならず、数多くの霊人、数多くの教祖、数多くの指導者たちは、全部一対一を中心として、神様の人格を中心として・神様の人格完成というのは、必ず神様の真なる愛を中心としてできるために・神様の真なる愛を中心として、宗教とこの宇宙がどうだということを、全部納得させることによって屈服するのです。
言い換えれば、この地上のもっと高い愛の主人公の O に吸収されようとするのが、この万有の存在だというのです。そうではないですか?鳥たちや犬たちも、自分をもっと愛してくれる町内、自分のために与えうる町内を訪ねていくのです。同じことです。
それゆえ、愛は、真の愛を中心としてここで屈服させて、彼らのすべての権限を相続しなければならないのです。統一圏の相続を受けなければなりません。分かりますか?(はい)。それがメシアという方がこの地上で果たすべき責任です。
一度にキリスト教だけ一つになったのではだめなのです。そうして、キリスト教だけ地上で一つにすることができるかもしれませんが、霊界の背景である仏教文化圏、回教文化圏、全体の文化圏が相対的に基盤ができた地上に、この境界線が残っている限り、これを全部打破できない限り、その根となる霊界に行って一つになりうる起源を形成できない限り、地上においてそのようなすべての特色のある文化圏の統一をもたらすことはできないのです。(一〇〇・一八)
本質的に天の本然の愛を持って、この国を一つにして、世界を一つにして、天地を一つにしうるそのような責任を持った人がメシアですが、メシアがそのようなことができますか?神様ご自身もできないのに、彼ができるかというのです。
では、このような観点で見るときに、これからメシアが持って出てくるべき宗教、神様が立てるべき宗教がどのような宗教であるだろうか?愛を中心として、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙を統一する、という強力な力を持った宗教でなければだめだという結論が出てくるのです。「それがメシアが来てすべき目的ではないか?それが神様がメシアを送る目的ではないか?」サタンもこのように言います。メシアがすべきことがそれだということが決定されたのです。(一三〇・一七五)