天聖經-第13巻 真の神様の祖国光復
第五章 再出発のための私たちの決意
一 再出発の決意
さあ、滅びるわけにもいかないし、死ぬわけにもいきません。生き残らなければなりません。生き残るためには、そのままでいてはならないのです。敵を越えていかなければなりません。敵を越えなければならないのです。敵を越えれば天国です。ですから還故郷したところから敵を越える日には、天国の版図が広がるのです。統一民族圏ができるのです。 それゆえ、皆さんが今回同行することによって、一千万の心の中に還故郷の火をともすことのできる良い機会です。こうして底辺から侍り、抱き、兄弟の愛をもって南韓の同胞と北韓の同胞が兄弟のように自らのすべてを分かち合いつつ、そこから再出発するのです。そこには国家観はありません。カイン・アベル時代に国家はあったでしょうか。国家がありましたか、ありませんでしたか。国家の後援を受けてはならないのです。国家の後援があれば、両者とも滅びるのです。
以前、分水嶺を越えると言いましたね。古稀のとき霊界に通じる外部の人が、踊りを踊りながら「今や文総裁が三十八度線を越えた」と言いました。それは敷居を越えたという意味です。幸福の世界が来るということです。すべてそういうことです。
そのようにして一九九〇年代を越えなければなりません。これを越えれば統一教会は一瀉千里に発展していくことができます。今回の古稀からは……。七十歳ですから七千年、七数を蕩減して八数時代になるのです。八数は解放の数、再出発の数ですね。
ですからアメリカが共産党滅亡宣布をしたのです。すべてが終わったのです。本当に不思議です。それも私たちが大会を終えたのちの七日と八日でした。
このような難局の時期が来ることを天は知っていたので、神のみ旨を中心として新たに再出発する準備をさせなければなりません。その位置にあるべき宗派、教会、あるいは宗団とはいかなる宗団でしょうか。統一宗団です。
その名のとおり「統一」という言葉は指導を受ける位置での統一ではありません。
「統」には率いるという意味があるのです。率いなければなりません。主体的中心をもって相手を教育し、主体理論の理想的な同伴者として、相対圏を形成することのできる内容を備えなければなりません。それが統一宗団、統一教会です。
しかし、それはこのレバレンド・ムーン一人の構想から始まったものではないのです。歴史性を超越した内容を中心として始まったという事実を今日の世界は知りませんでした。
孝子の道を行くためには、有史以来の迫害が迫り、困難な峠が多かったとしても、それを克服することのできる余裕満々とした男とならなければなりません。患難と試練の中でもまれ、後退の余念をもって悲しみの恨の道へと戻っていくのではなく、億千万世の苦衷と受難の道を克服し、克服し、決意して誓い、あすの希望に満ちた再出発の道を促していきながら、死の道も見分けていくことのできる道を残して行かなければなりません。そのような歴史的要求と、神様の要求があるということを知らなければなりません。
千七百四十六
世界平和連合構想をそのときから始めたのです。それを今年八月末までに終わらせなければなりません。世界平和宗教連合も同じです。これが九月を越えてはならないのです。八月は世界的な再出発をする月なので、それを形成しなければなりません。そのために七月一日の神様祝福永遠宣布式をしたのです。蕩減路程をすべて越えなければならないのです。そして宗教圏まで一つに結んで宣布しなければならないのです。それが八月二十八日です。そのときまでに宣布式をして、その次に九月一日に新たな出発をするのです。すべてが越えるのです。そしてこれからは、世界は進んでいた道に背を向けて、すべて先生に従ってくる群れとなっていくのです。
皆さん、皆さんがそのように「ため」に生きようという生き方をすれば、歴代の先祖の基準を越えて、歴史上初めて必勝の勝勢者として神様の息子、娘だということのできる天道の道を行く巨人の人生に出世するのです。そのような時代になったのです。皆さんが自分自身の生涯を再出発させることのできる、驚くべき時代になったのです。
二 真の御父母様の伝統相続の姿勢
皆さんは堕落した息子、娘です。本来は、一人ではその位置に到達することはできません。皆さんは堕落した位置にいるのです。それゆえ、まず真の父母に学ばなければなりません。その場で互いに一つとなることができ、そこで真の愛が生じるのです。それが初のエデンの家庭の伝統になるのです。真の御父母様なしに、どうして真の愛と伝統を学ぶことができるでしょうか。御父母様なしにはそのような相続がなされるはずはないのです。
分かりますか。
父と母は、真の愛で愛する息子、娘に自分のすべてを相続しようとするのです。宇宙の相続は愛の伝統の上で、同等な愛の価値的位置を見いだすときに、そのすべてのものを心置きなく一〇〇パーセント相続するようになっているのです。ですから父母は孝子を望むのです。孝子とは何でしょうか。父母の永遠なる愛の同参者として愛を相続しつなぐものです。
皆さんは、皆さんの家庭の主人がどんな人だったらいいでしょうか。どんな人を主人の位置に置きたいでしょうか。父親でも、おばあさんでも、家族はみな、どんな人を相続者にしたいでしょうか。より愛する人です。おじいさんがもその家全体を愛しているとすれば、家族はおじいさんにすべてを報告するのです。お父さんをさておいても、それはどうしようもないのです。それゆえ、一つの主人となることのできる者は、愛の心をもって「ため」に生きる者です。愛の心をもってより「ため」に生きる者が、その愛の家庭の伝統を受け継ぐのです。より大きな愛をもって「ため」に生きる者が永遠なる相続系列に同参するということを知るべきです。
千七百四十七
皆さんは家庭で「孝子になれ」と言いますが、それはどういうことでしょうか。真の愛の中に入りなさいということです。それでは「相続者となるようにしなさい。愛国者となりなさい」というのはどういうことでしょうか。国を相続しようということです。「聖人になれ」と言いますが、それはどういうことでしょうか。世界を愛せよということです。「聖者となれ。神様の息子となれ!」と言いますが、それはどういうことでしょうか。神様の愛に同参して宇宙全体の相続権を受け継ぎなさいということです。そのすべてを相続することのできる伝統的な道があるがゆえに、今日まで堕落した人間世界において、このような論理的な段階に発展することのできる基盤を連結させてきたのです。それゆえ宗教の目的や、求道の道が可能であるということを決定づけることができるのです。何ゆえにできるのでしょうか。愛のゆえです。
今までこの道を切り開いてきた神様の道がそうだからです。神様の築いてきた伝統を相続してやるには、皆さんがこの道を行かなければならないのです。皆さんが苦労するのを見て喜ぶのではありません。苦労して切り開いてきた、その心血を注いだすべての福の恵みを、皆さんに無条件に祝福してくださる天があるということを知らなければなりません。その位置で相続を受けてこそ栄光となるのです。神様はそこで暮らすのです。十字架で蒔いたのですから、十字架で取り入れなければなりません。それを知らなければならないのです。涙で蒔いたので、涙で取り入れなければなりません。
私たちが神様の摂理全体を相続するためには、その伝統に忠実でなければなりません。伝統に忠実な者となったのちには、どうすべきでしょうか。そこからは責任をもたなければなりません。責任をもたなければならないのです。責任をもったならば革命を起こさなければなりません。この伝統が父の前に正しくないとするならば、その伝統を全体の前で相続させるためには、社会環境の矛盾したすべてを打開するために闘争しなければなりません。そうしなければ発展がないのです。それゆえ、皆さんがそのような歴史的な因縁を相続し、時代的な開拓者の責任を果たすためには、神様の復帰摂理に関する歴史的な純粋な伝統を受け継がなければなりません。そして、現在の生活的環境においてそのような責任を負い、未来の新たな理念の礎を築くために闘争していかなければならないということを、よくよく心に刻まなければなりません。
同じ父母をもち、兄弟の因縁を共にしなければなりません。そうして一つの父母の生活と、習慣と、伝統をそのまま相続しなければなりません。そして、天が喜ぶことのできる家庭形態を備えなければなりません。そうしてこそ家族ができるのです。
立派な国をもちたがっている人が、「ただ遊んで食べて、人と同じようにしながら立派な国をもとう!それはどんなに素晴らしいことか!」と言っているとするならば、その人は悪魔の後継者に違いありません。立派な氏族と民族と国をもとうとするならば、一家ではなく、一族を、自分の氏族を……。そのような世界を願うならば、まず一国を投入するということをしなければなりません。そうしてこそ、立派な世界を相続することのできる摂理史的伝統の位置に立つのです。そのとおりです。
皆さんのお母さん、お父さん自体が生命をもって生きているのですが、そこに愛というものがなければ、関係を結ぶことはできません。また、愛がなければ、前後左右のいかなる因縁も相続することはできないのです。それゆえ夫婦となった男女は、必ず父母の愛を伝授してもらわなければなりません。父母の愛を伝授してもらうと同時に、子女にその愛を伝授する伝統の上に生命の軸を立てなければなりません。
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天国とは「ため」に生きる人の行くところです。自分を世界に投入しつつ、世界と連絡し、世界を抱いて、世界以上の位置を、神様に侍るための愛を求めてさまよう人が、天国の主人となるのです。そのようなことを誇らなければなりません。自分から自分の母親を誇り、自分の妻や夫を誇り、息子、娘を誇り、兄弟を誇り、皆さんのお兄さんを誇るには、そのような伝統を中心としてこれを国へと拡大して適用し、その公式を世界に適用し、天宙に適用しなければならないのです。そのような人はどこへ行っても同参、同位、相続権をもつことができます。
それゆえ、神様が私のものとなるのです。神様の愛が私のものになるというのです。神様の行くところはどこでも同位、同参することのできる権限があるということを知らなければなりません。この驚くべき事実を知ってから他のものを求めていこうというのなら、行きなさいというのです。雷が落ちることでしょう。そのようなことを求めていくのが統一教会の道であるということが分かりました。
息子、娘が、自分のことばかり考えるようであってはなりません。私のように、天地のために、人類のために生きるには、より強く、より次元の高い伝統を受け継ぐことのできる息子、娘にならなければなりません。そのように考えるのです。だからといって、誰も不平を言うわけにもいきません。それゆえ、統一教会の教主の後継者には誰もがなれるというわけではありません。血統を受け継いで、「ため」に生きる伝統的な愛と一致することのできる息子、娘にならなければなりません。より次元の高いお母さん、お父さん以上の息子、娘とならなければならないのです。そのより高い息子、娘は、侍る生活をしてみなければなりません。出たり入ったりする人はなりません。それゆえ、相続も、高い次元の息子、娘がもっと「ため」に生きようという基準で相続しなければならないので、長孫(孫の中で一番上の男の子)が必要なのです。
皆さんは南韓の地においてどうしなければならないのでしょうか。北韓を取り戻す前に、南韓はアベル圏の中にいるがゆえに、皆さんがアベル圏の中に入ってこの世界版図まで上がるように、先生が引っ張ってあげなければなりません。ずーっと上がってきたこの基準を皆さんが相続して、皆さんの誰もが先生を代表し、世界を代表し、国家を代表し、氏族を代表し、民族を代表して、皆さんの故郷に帰って、皆さんの家に根を下ろすのです。真の夫婦の愛を中心として、本然の伝統基準をここにしっかりと根づかせることによって、先生の世界基準の根が完全に根づくのです。
教会をあとにして、みな家に帰って自分だけがよく食べ、いい暮らしをするというのではなりません。帰ってから第一にすべきことは何かというと、教会を整備することです。次に、自分の息子、娘から後ろ指をさされるようではいけません。物乞いになって人の世話になるようであってはなりません。血の汗を流し、正義の真なる血肉の価値を通したその基盤において、息子、娘を養い育て、息子、娘に新たな伝統を教育しなければなりません。のみならず、自分の一身を投入してその一族を生かしたのちに、一族が自分を定着させてくれて初めて私が生きるのです。さもなければ潔く祭物として消えていこうという犠牲的精神をもつ、そんな相続者がいなければ、こ の南韓の地が天国の基地として残り得る国家の基盤はでき な
千七百四十九
いということを、はっきりと知らなければなりません。
相続は天の名によって、天の命令によってなされるものです。相続は民主主義式ではできません。もしそうであれば滅びます。国会の相続、授権政党というものを、自分たちが偉いからといって自分たちの手段方法をもってしてはいけません。国の伝統を立てなければなりません。命令によってなされるものであるがゆえ、命令を受けることができなければなりません。そのような社会にならなければならないのです。それを分かってほしいと思います。
今回皆さんを配置したのですが、それは皆さんが愛の主人、サタンが愛してきたそれ以上の愛をもって、主人意識を回復した立場に立ち、神様に代わって、イエス様に代わって、先生に代わって、子孫として堂々と伝統を受け継ぐ天の相続者としての権威をもち、主人の役割を堂々と果たしてくれることを願って故郷に送ったというわけです。これまで故郷では私たちに反対してきましたが、これからは順応できるようになりました。文総裁のもとに従ってこれるようになっているということです。
愛には相続権があるのです。驚くべき事実です。この世でも、親が相続権を与えるときには、父母を愛し、国を愛し、兄弟を愛する人に与えようとします。それはなぜでしょうか。その伝統の歴史的起源、出発の起源に合っていて初めて正しい種となるからです。それが分からずにいたのです。 歴史上どんな父母にもそれはできません。私が 高の伝統を立てました。そのような伝統を皆さんに相続してあげようというのです。皆さんは何をしているのですか。これから季節が変わります。春が来るのです。お父様は春だけではありません。四季……。そのような態度でやっていくのです。
生命よりも貴いものは何でしょうか。私が貴いでしょうか。私の生命よりも、もっと貴いものは何ですか。それは愛であるがゆえに、高い愛をもった人の前に忠誠を尽くさなければならないのです。
それゆえ、家庭に入れば父母の前に服従するのです。愛のも高い位置にあるのが父母の愛であるがゆえに、その愛を慕う息子、娘は、千年、万年順応しながら、その愛を相続するために、山奥をさまようような立場にあっても良いというのです。あの臭い肥やしを頭からかぶっていても、父母を愛する伝統を受け継いでいかなければならないという立場で、「孝行しなさい」という父母の言葉を永遠に誇ることのできる愛を相続するのです。
そうならなければなりません。
1750 * 千七百五十
先生がこの世を去るときの贈り物として、何を残していくかということを考えるとき、それが高の贈り物なのです。それは天地を渡しても売り買いすることのできないものです。その贈り物は、先生が真の父母だという場合、真の子女がいたとすれば、血統的に一つに結び付けてくれるものです。血統的に一つとなったというのは、生活はもちろんのこと、環境のすべてまでも収拾されます。父母に代わる者、父母に代わって愛する者であるがゆえに、父母のみ言を相続し、父母の文化を相続し、父母の生活方式を相続しなければならないのです。それが伝統的な道です。
三 真の愛を植えよう
愛によらずしては、一つにすることができません。二つを一つにするには、言葉をもっては不可能です。二つが一つになるためには何がなければならないのでしょうか。物質によって一つになっている場合、物質がその場を離れたならば、逃げていってしまいます。第三者の紹介によって、ある事情を通して一つとなったとする場合、その人がいなくなれば去っていってしまうのです。二つが一つとなるためには、永遠に一つとなるためには愛がなければなりません。愛以外のものではなりません。
神様を中心として考えるとき、根本は愛です。愛があれば統一は自動的になされるのです。サタンよりも水準の高い愛で愛すれば、サタンも引かれてきます。神様は高の善と愛を与えるために天地を創造なさったのです。
愛が偉大なのはそれです。上下、高低の距離を超越し、空間と時間を超越して、共同所有の理念を即時に共有し得る圏内に参ずることができ、参加することのできる能力が愛の道にある!これは驚くべき事実です。
愛があればどうなりますか。どうなるでしょうか。すべてが遠ざかりますか、それとも近くなりますか。愛はどうして良いのでしょうか。それを知らなければなりません。遠いものも極めて近くに、一つにすることができるのです。東洋人と西洋人を政治力、軍事力、文化の力で一つにできる人はいるでしょうか。文化の力、経済力、どんな力をもってしてもできません。何がありさえすれば一つになるのでしょうか。愛というものがなぜ良いのか分かりますね。
人間が愛をも好むのは、愛は全体を統一して私のものにすることのできる主体だからです。人は愛がどんなに良いものか完全に知るよしはありません。ですから先生が愛をもって出てきたのです。
愛の心は、愛の力は、殺そうとしていた怨讐までをも一つにするのです。極と極、反対のものを一つにすることができるのです。女性と男性は、極ですか、それとも極ではないでしょうか。女性は女性同士で好むでしょうか。女性が二人きりで「私はあなたの手にほれたの。ああ、なんて良いのでしょう」と言ったとすれば、どんなに気持ち悪いことでしょうか。
千七百五十一
統一の方案はどこにあるのでしょうか。
「ため」に生きるところにあります。それでは南北を統一するのに金日成の言うとおりにするというのでしょうか。金日成の言うとおりにするのではありません。愛が宿るものは何であっても「受けたい」と思うような良いものであるがゆえに、その良いという立場において永遠に与えることのできる位置に立てば、北韓も統一されるのです。現在北韓の民が暮らしている以上の立場で、永遠に与えることのできる基盤さえつかめば、共産党の宣伝などは通用しないのです。大韓民国が、経済分野、生活分野、知識水準などすべての分野で優越な立場にあり、永遠に与えることのできる立場に立てば、一つになるなと言っても完全に一つになるのです。
善は何かにぶつかるたびに発展するのです。行く先々で百勝するのです。困難なように見えてもこの原則に立脚すれば、この原則が間違っていない限り、必ず勝利をもたらすのです。この原則によって生き、この原則に立脚して犠牲になる人は、必ず勝利するのです。自分が得た利益を自分の利益と考えるのではなく、より大きい国家の利益とみなし、勝利したならば、その勝利した価値を自分のものとしてではなく、国のものとして、世界のものとして返す、そのような思想を繰り広げていく団体があるとすれば、世界が滅びることはあっても、その団体は滅びないはずです。そのような内容をもった統一思想は滅びないということを、皆さんは知らなければなりません。
借りをつくっては統一ができません。借りをつくるところに統一はありません。借りがあっては天国を築くことはできません。借りをつくっておいて復興するという法はありません。借りたものの何倍もの利子をつけて完全に返すことのできる余裕ができたときに、富国が設定されるのです。天国というのは富国の中の富国なので、借りのある立場では不可能だということを知らなければなりません。
結局のところ、どこに行かなければならないのでしょうか。愛を求めて行かなければならないのです。お金も貯めて、世界も支配し、学者にもなり、人が良いというものはすべてしてみたところで、すべては使い道のないものなのです。ですからどこへ帰らなければならないのでしょうか。真の愛と一つになった自分自身、体と心、すなわち、神様の縦的人と横的人が一致する自分、このように一致した男女が神様の縦的愛を中心として、永遠に核が骨のようなものとなり、その体が回る、一つとなるそれ以外にはないのです。
これから皆さんは天国の愛の僕として暮らすと考えるべきです。天国を築く愛の僕であり、愛の秘密結社隊員であり、スパイ工作情報要員だと考えるべきだということです。だとすれば何でもできないことがあるでしょうか。生きるためには男性が女性の仕事をすることもあるのです。乞食のようなことをすることもあるのです。国を生かすため、自分の一族を生かし、自分の国を生かすためには、自分はそれ以上のことでもできるという心の姿勢をもって実際にそのように行動するならば、村は黙って屈服するのです。
真の愛を中心とした幹の根と、真の愛を中心とした真の幹の芽が必要です。皆さんのような芽ではなりません。ですから涙を流し、血の汗を流して、皆さんが、この地上に生きては去っていった多くの人以上の愛で、地のため、村の人のため、民のために愛したという基準を定めることによって、皆さんは正常な根を下ろし始めるのです。
千七百五十二
皆さんは真の御父母様の前に真の子女の名分をもっているがゆえに、相続権、同位権を付与することができるのです。このような天の特権的な事実を信じて、すべてを愛の圏内に投入しなければなりません。神様が投入したように、皆さんが完全に投入することによって、一族が復活するのであり、一族が復活するに従って一国が復活するのです。
先生は世界的先祖の位置に立つために、このようなことをしてきましたが、皆さんは、自分なりに氏族的先祖となるための伝統を、それぞれの分野に該当する伝統を受け継ぐために、皆さん自身もそのような道を行くべきだという事実を知らなければならないのです。皆さんの氏族のために、一族のために伝統を立てなければならないということです。これから十二支派が編成されていくのです。ですから伝統が必要なのです。自分を考える人はここで落ちてしまうのです。
皆さんが故郷へ行くときには、真の愛をもって行かなければなりません。真の愛をもって故郷に行って、真の愛を植えて愛するならば、皆さんが先祖となるのです。皆さんが一代目の先祖となるのです。皆さんが朴氏だとすれば、朴氏として天国に接ぎ木され得る一代目となるのです。このように考えるならば、皆さんの父親は、逆に皆さんの息子格になるのです。
四 愛の根を故郷に下ろせ
今までは勝手に生きてきたとしても、これからは深刻なのです。私が敗者であるか、勝者であるかを決定すべき責任があるのです。その責任は先生にあるのではありません。皆さんにあるのです。敗者の覇権をもって帰るのでしょうか、勝者の覇権をもって帰るのでしょうか。どちらですか。真の御父母様が勝利し、神様が勝利したその内容をもって帰らなければなりません。その内容は他の何物でもありません。故郷に前進することです。世界を縮小して私の家庭にすべて反映したものなので、それを求めてきた御父母様と神様の蕩減歴史を考えるとき、人が訪ねてきたならば、涙で迎えてあげなければならないのです。ある人が自分を訪ねてきたならば、夜を明かして話をしてあげても疲れることのない心情が伴わなければなりません。
イスラエル民族がエジプトへ行って四百年間暮らしてきたように、私たちが四十三年間そのようなことをしてきたのですから、故郷に帰って愛の根を下ろさなければなりません。神様を愛し、父母を愛し、兄弟を愛さなければなりません。そうして世界的サタンが讒訴する起源を切ってしまわなければなりません。イスラエル民族はそれができなかったがゆえに、カナン福地の理想天国を形成できませんでした。ですからサタン世界に何かを望んではならないのです。ふろしき包みをもって歩いたとしても、私たちが一番です。行く先々でののしられ、夜に近所の犬にほえられても私たちが一番です。そのような自負心をもって、堂々とした足取りで、村の天地を愛の歓声と共に消化することに同参し、前進しなければならないということを肝に銘じて闘ってほしいと思います。
千七百五十三
皆さんが故郷に帰ったならば、故郷の山河をもう一度眺めて「ああ、これは神様が私に下さった贈り物だ」と考えなければなりません。私よりも年を取った木のおじいさん、私よりも年を取った川の石、そして平野を眺めては「元気だったか」と言うべきです。それが愛です。自然を愛することができてこそ、人を愛することができるのです。再びそうしなければなりません。復帰なのです。復帰。アダムが万物を愛せなかったので、万物を愛さなければなりません。郷土に帰って自然を愛さなければなりません。近所の草からあらゆる山川草木に至るまで、すべてを愛さなければならないのです。すべてを愛してから人を愛するのです。山川草木、動物まですべて愛することのできる立場に立ったならば、その基盤の上で人を愛するのです。万物を復帰してから人を愛するようになっているのです。
人を愛するときには、まずもかわいそうな人から、かわいそうな子供たちから愛して、それから中年へと上がっていくのです。世の中の貧しい人には、良心的な人が多いのです。私たち統一教会の家庭は世の中でも貧しい人を愛するのです。貧しい人は悪魔の世界にいるとしても、今後はそのような人の中から天運を受け継ぐことのできる人が現れると考えるのです。
今日皆さんは故郷に帰って、種となり得る存在にならなければなりません。そしてその種が蒔かれて、大韓民国はもちろん、天地が訪ねていくことができ、神様がいつでも訪ねていきたいような環境を残すことができなければなりません。そうしてからあの世に行くならば、天国の息子、娘として愛されて生きるに違いありません。そのような生涯路程を今から立てていかなければなりません。
五 霊界の協助と確信
今は霊界が極めて近くに来ているので、善なる霊人たちが地上に定住する時代が来ることでしょう。来て住むということです。それがどういうことか分かりますか。今まではサタン、悪魔が地上をすべて分割して主管してきたのです。しかしこれからは善なる霊人たちがその地域を奪い返して主管するのです。そのために統一教会員は涙を流し、血の汗を流してホーム・チャーチ(家庭教会)運動をしなければならないのです。精誠を尽くさなければならないのです。キリスト教が精誠を尽くした以上に、イスラム教、仏教、どの宗教よりも切なる心情をもって祈祷しなければならないのです。「あなた方を中心として地上に実体基盤が復帰されましたので、霊的基盤を中心とした霊界圏を通して統一教会は前進します」と祈祷するのです。
霊界に行った人々も私たちを通して初めて救われるということを知っていますか。ですから霊界に行った人のために生きるならば、霊界の福が皆さんのところにやって来るのです。そのように、霊界のために蕩減してあげて、悔い改める人であれば、その霊界が皆さんに従ってくるのです。霊界が皆さんを中心としてすべて動くということです。蕩減と悔い改めがそれほど重要だということを知らなければなりません。ですから、これらすべてのことを、家庭教会を中心にしてやっていけばいいのです。
千七百五十四
地上で家庭教会祭壇を中心として活動し、精誠を尽くせば、各界各層の霊人が再臨して、地上の聖徒に協助することができるのです。三百六十軒の家庭教会祭壇の中には、仏教徒、キリスト教徒、儒教、その他の良心的な人たちが千差万別に生活しています。霊界にいる霊人たちは、教派と宗教を超越して再臨し、摂理の中心人物の前に導くという霊的な現象が起こるようになるのです。家庭教会は、霊人たちが再臨復活するための条件的な祭壇だということです。
皆さんが一つ鉄則として知っておくべきことは、その地方から生まれた忠臣、愛国者、孝子、教会の牧師が尽くした精誠以上の精誠を尽くさなければならないということです。それ以上の精誠を尽くしさえすれば、彼らがみな協助するのです。それが条件なのです。そうすればサタンの讒訴圏以上の位置に立つことになるので、サタンが反対することはなく、霊界の協助によって皆さんの先祖が子孫に現れて、統一教会に行けと霊的に協助して、伝道するのです。
霊界にいる皆さんの先祖も、この世を眺めながら誇らしい子孫に協助しようと、地上に降りてきたがるのです。ですから多くの先祖が皆さんの周囲に降りてきます。これが氏族を中心とした宗派を超越した宗教世界です。理解できますか。皆さんの先祖が皆さんを信じて、皆さんを愛しながら皆さんに従いたいと思うのです。皆さんに従ってくるのです。そして皆さんに協助することに献身したがるのです。
強い信念さえもって進めば、皆さんの先祖は、お母さんであれ、親戚であれ、押さえつけて身動きできないように、口が開けられないように圧力を加えるのです。「私の言うことを聞け!」というようにです。なぜでしょうか。堕落した悪なる霊は退き、善なる圏内の本然の氏族的基盤を中心として、父母と連結され得る国家的基準までつながった御父母様と共に、世界的基準までサタンを押してきた基盤の上に立っているので、サタンは退き、天使長型霊界にいる皆さんの先祖が協助するようになっているのです。
それでは、誰に拍子を合わせるべきでしょうか。私が皆さんの動きに拍子を合わせなければならないのでしょうか、皆さんが先生に拍子を合わせなければならないのでしょうか。異議はないのです。そうしなければ霊界が動かないのです。先生の言うとおりにしなければ通じません。いくら才能があったとしても、いくら能力があったとしても、先生の願わないものを付け、指示していないことをするとすれば、通じないのです。それゆえ、その条件に天は退くのです。霊界の協助がなされないのです。天使長は協助することなく、破壊してしまうのです。
私は天国の法をすべて知っている人物であり、行くべきことすべてを知っている人物です。サタンの動きの秘法をすべて知っており、神様の作戦計画を知っている人物です。それゆえ、今世界ではレバレンド・ムーンが問題になっているのです。これからは霊界が私に協助する時が来るのです。もう少しすれば不祥事がたくさん生じます。
千七百五十五
今日地上では、統一教会に来て祈祷すれば、一週間以内に先祖が現れて、すべて教えてくれるのです。そのような所にまで来たということです。それは何を意味しているかというと、今まで宗教が世界的版図をつくって、心情的絆によって縦的な行路を築いてきたのですが、そこから横的版図を世界的に広め、この世界の果てまでつないだので、霊界に行った先祖が氏族を中心として、初めて地上に再臨して協助することのできる時代になったのです。ホーム・チャーチはそのような世界的な版図を縮小した基盤です。ですから善なる霊はどうなるでしょうか。昔は、来て協助しては帰っていったのですが、これからは地上に定住するのです。そのような時代が来るのです。定住、いいですか。定住といっても、先生の故郷の定州ではありません。(注:韓国語の定住と定州は発音が同じ)霊界に行った善なる霊が初めて定着して住むことのできる時代になるということです。ですから皆さんが統一教会に来て活動するときに、善なる先祖が皆さんと共に暮らして協助します。それゆえ氏族復帰が可能なのです。
天運に乗ってきたのです。一九八七年四月は新たな光が蘇生し、世界の希望がひとつところに集まって芽を出すのです。霊界の霊人たちはどれほど韓国に来たかったことでしょうか。霊人が韓国に来て、協助することのできるその日をどれほど待ち望んできたことでしょうか。みな集まるのです。ですから国のために血を流した人々、祭物になった霊たちが連合して、初めて御父母様に侍るための連合運動をするのです。その霊たちが今後世界的な霊人をすべて迎えるための仲介に立たなければならないのです。ですからその霊たちと連結してこの国を変えていくのです。
一度しなければなりません。今は霊界が「韓国を助けよう」ということのできる時代になったのです。今まで善なる霊たちが世界に散らばって、外部で働いてすべての基盤をつくり、その運勢に乗って来るのですが、誰が来るかというと、先生が先発隊となり、韓国のために生きた忠臣、烈女、愛国者がすべて先生の後ろについて来るのです。従ってきて、霊界にいるすべての宗団長を中心としてキリスト教、イスラム教を問わず、韓国の統一運動に協助しようとするのです。そのような旋風が押し寄せてくるのです。
皆さんも同じです。同じ神様が同じ信念をもっているのに、なぜ皆さんには霊界が協助するその結果が現れないのでしょうか。同じことです。みな自分というものが残っているからです。自分というものが残っているので …。先生はそのような警告をしたのです。困難だとしても……。足が棒のようになれば「足よ! 私は行かねばならないのだ」と言います。先生はそうしてでも歩くのに、若い者が……。そのような者は天罰を受けるべきです。若い者が昼寝をして歳月を無為に過ごすとは。それではならないのです。
皆さんが霊界に行ったとき、隔たりのない自由天地の主人の息子、娘になる資格をつくってあげようというのですから、どんなに有り難いことでしょうか。先生の言うことを聞いて、そのように生きたならば、霊界の領域は果てしなく、境界線がないので、どこへ行ってもみな「私がお前たちに協助した。そこの責任者がお前だった時、お前の時代に行って協助した」と言うのです。友達になるのです。一つの時代圏の中にいる同僚になるのです。
千七百五十六
先生が言っているように、霊界が動員されなければなりません。霊界が動員されなければ、どうやって天国を形成するのでしょうか。形成できません。天国は真の父母から始まるのであって、今までの堕落した子孫から始まるようにはなっていないのです。アダムを創造するときに天使世界の協助を受けたように、再創造も霊界から降りてきて、みな地上に協助しなければなりません。そうせざるを得ないようになっているのです。原理がそうなっているではないですか。復活原理がそうですね。復活原理がそのまま結果として現れてこそ真だと言えるのです。ですから霊界は先生のことがどんなに好きなことでしょうか。
世界的な時代に入った皆さんは、個人的な立場にあったとしても世界高の聖人につながっています。それゆえ、その聖人のような心性をもって、そのような心的な生活をした人には、必要なときは、どこでも縦横無尽に協助できる基盤が霊的にできているのです。ですから今統一教会の動きに関して、全世界の各国の愛国者はすべて、この地上で統一教会の基盤を中心として背後の囲いとなって再臨し、定住しています。これを部隊にたとえれば、その国の民族の何十倍、何百倍もの人が死んでいったのですが、その人たちが来て陣を敷いて拡大工作を待っているのです。それゆえ、すべての宣教師は国家的な運動をなして総動員し、霊界と全体を代表し、犠牲を覚悟して総進軍命令を下せば、その霊たちが協助するようになっています。
統一教会は霊的な個人を動員することができ、連結的体制を通して先祖を動員することのできる能力をもっています。それを知らなければなりません。これまでの宗教は、霊界と肉界をつなぐことができなかったので、霊的な精誠を尽くすことによって、縦的な面に拍子と波動を合わせて、初めて接線をもつことができたのですが、今はもう、その放送局の中に入ったのです。振動板のような位置に立ったということです。波動なのではなく、波動を起こす送信機自体だということです。ここで周波数を何千にするなり、何十にするなり、短波にするなり、つなぎさえすれば、どんな波長、電波でも送ることができます。 私が放送局をもっているので「霊界にいる先祖は来て、私に協助してください。善なる先祖よ、来て協助してください。そのようなバイブレーション(振動)が必要です」と言えば、すぐに来て……。個人を呼んでも動くし、家庭を呼んでも動くし、氏族圏、民族圏、世界圏を中心としてつなぐことのできる足場が地上にできたので、それが動いて降りてくるのです。このようになれば、今まで私の体はあちらに行こうとしていたのに、我知らず反対を向いて引かれていくのです。二つの霊人体が来て一つをつかんで引いていけば、自分はつかまれているのが分からないので否応なしに引かれていくのです。ひとりでに走って入っていくのです。皆さん、それが信じられますか。これは空論ではありません。理論的なのです。
統一教会が動けば、マホメットが協助し、儒教、仏教の代表者たちがみな協助し、神様も協助するというのは理論的なことです。ですから、自分は人類を代表し、霊界を代表し、神様を代表しているので、全体が協助する位置で動く、という自負心をもたなければなりません。
千七百五十七
過去においては、祈祷し、精誠を尽くしても宗教の教主とはその時にしか会えませんでした。会おうものならすべて分かれてしまうのです。ですからまた上がらなければなりませんでした。ところが今では、すべて宗教圏を中心として地上に再臨することのできる時になりました。そのような時代が来たので、皆さんが過去時代、現在時代、未来時代を動かすことのできる実績がなければ天国へ行くことができません。それを知らなければなりません。
過去時代とは、今霊界にいる善なる霊、天使をはじめとした善なる霊の時代であり、現在時代とは、父母の時代です。そして未来時代とは、神様の時代です。それゆえ霊界を動員し、御父母様を動員し、神様を動員することのできる、そのような実績をもっていない人は天国へ行くことができないということです。アダムとエバに天使が動いて協助し、神様が動いたのと同じです。その次に宇宙はアダムとエバが動かさなければならないということです。
皆さんがこのホーム・チャーチ運動さえすれば、霊界がすべて協助するようになっています。ですから今後一九八八年以後は、本格的なホーム・チャーチに入るのです。そうなれば先生はここにいてもいなくても同じです。これ以上教えることはありません。これ以上とは。天国に入る証明書をどうやって準備するのか、すべて教えてあげたのです。その内容は地球ほどのダイヤモンドをいくつ渡しても得ることはできません。ですから霊界が皆さんをどれだけ……。「なぜこのような黄金時代を逃しているのか!」と言うのです。もう分かりましたか。
今まで霊界が御父母様を支持できず、協助できなかった理由は、完成した父母の位置を、堕落した霊界が協助するということは不可能だったからです。本来そうではないですか。原理がそうなっています。完成した御父母様の位置というのは、神様と、堕落していない天使長が後援するようになっているのであって、いくらサタン圏内の霊が多かったとしても、御父母様に協助することはできない位置にいるのです。
今霊界にいる霊人たちは、真の父母を通して生まれたのではなく、偽りの父母を通して生まれたがゆえに、真の父母に協助することはできないのです。しかし天使長の失敗したすべてのことを蕩減し、子女の立場で、アダムとエバが成長しているという立場においては、いくらでも後援することができるようになっています。それゆえ霊界が協助することによって、世の中が遠からず徐々に崩れていくのです。
六 我々の本郷と天国入籍の道
一) 故郷は創造本然の世界
人間の力、人間の知恵、人間の文化、その何をもっても真なる意味の平和の世界や、一つの統一された世界を望むことのできない時点にあるということを私たちは知っています。このような立場において、世界文化を解決するにあたって、も中心的な問題となるのは何でしょうか。神はいるか、いないかという問題をはっきりと解明することが、何よりも重要な問題だと考えるのです。
もしも神様がいるということを全人類が知ったならば、神様のみ旨が何を志向しているかということがはっきりと分かるでしょうし、その志向するみ旨を知るとするならば、その世界はそれこそ、ほかならぬ一つの世界であり、平和の世界であり、理想の世界なのです。
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皆さんは民族主義者になりますか。世界主義者になりますか。宗教は世界主義にとどまりません。人間にだけ良い主義なのではなく、神様にとっても良い主義であるべきだということです。しかし共産主義や民主主義は、人間さえ良ければいいという主義です。ですから神様まで良くなければならないという主義と、人間さえ良ければいいという主義と、どちらが良いでしょうか。神様も人間も良いという主義がいいですか、それとも主人を抜きにして僕だけが良いという主義がいいですか。
宗教はそれだから良いのです。
私たち統一教会は他の何でもありません。統一教会は、母親、父親を愛するように兄弟を愛し、兄弟を愛するように氏族を愛し、民族を愛し、国家を愛そうというのです。母親、父親を捨ててでも国家を愛そうということです。世界を愛するためには自分の国も捨てなければなりません。また、天を愛するためには世界までも捨てようということです。より遠く、大きいもののために、自分に近い小さいものを犠牲にするという愛の道を行くのが統一教会の主流思想です。
統一教会とはいったい何でしょうか。右翼を抱き、左翼を抱き、この二つをつかんでどこへ行くのでしょうか。寄り集まって闘う闘争の世界を越えて、天の導く幸福の世界へ、ユートピアの世界へと導くのです。それを抱いて平面的に行くのではなりません。どういうことかというと、体制によって思想的に没落し、失敗したものを、統一教会がすべて収拾し得る論理体系を備えなければなりません。これを抱いて横的に動かすと同時に、宗教を中心として縦的な基準で動かすことのできる、霊的体験の基盤を中心とした超越的実体を追求する内容をもたなければならないのです。 統一思想は、人間的な面での人本主義や物質主義、そして過去のあらゆる神本主義をも体系的に理論化して、それを統合し得る内容をもつと同時に、縦的な面において宗派を超越してつないでいくことのできる、超自然的体験の宗教思想となるべきであるという事実を知らなければなりません。
統一教会の願う国とはどのような国でしょうか。今統一教会は大韓民国を経て世界へと進んでいます。統一教会は、現在のように、共産主義の唯物史観と、民主主義の唯心史観が争うような世界を望んでいるのではありません。この世界を超越し、神様の心情と愛の支配する国を望んで進むのです。
私たちの住みたいのは天国、天国で住みたいのです。天国に境界線はあるでしょうか。ありません。天国で使う言語は二つでしょうか。違います。人種の差はあるでしょうか。ありません。
では天国とは何でしょうか。人はすべて神様の懐から生まれたので、人類はすべて兄弟です。神様を中心として見れば神様の息子、娘であるので、みな兄弟であり、地上天国を中心として見れば民です。地上天国の国民だということです。民だというのです。
国がなければ国籍というものはありません。国がなければ入籍する基盤がないということです。私たちは民族を編成して、新たに入籍しなければなりません。この地上で天国を編成して、その国籍をもって、愛国愛族の真なる善の父母の血統を受け継いだ勝利的息子、
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娘として、自分の族属(一門)あるいは家族を率いて生きてこそ、天上世界の天国に入ることができるのです。それが原理です。
家庭の天国とはどのようなものでしょうか。妻は夫のために一〇〇パーセント存在し、夫は妻のために生き、妻のために死ぬという立場に立つとき、その家庭こそがほかならぬ天国なのです。「家和万事成」という格言があります。国が栄えるのも同じです。国を治める主権者自身の存在価値は、自分が主権を行使することではなく、民のために治めることにあります。またその民は、民自体のためというよりも、国のために……。このようになればその国は天国になるのです。
このような原則を拡大していくことによって、国家、民族を超越して互いに「ため」に生きる世界を築くならば、その世界こそ、私たち人間の願うユートピア的愛の世界であり、理想の世界であり、平和の世界であり、幸福の世界であるに違いありません。「ため」に存在するというこの原則をもって進むならば、どこでも通じないところはないのです。
私たちが探し求めていく祖国というのは、今日この地上にあるような歴史や伝統をもった国ではありません。それらとは次元を異にするその国を私たちが受け継ぐには、それにふさわしい思想的な主体性をもった国民とならなければなりません。ただし、その主体的な思想とは、絶対的な創造主の思想と一致するものでなければなりません。絶対者の願う国が存在するためには、その国の主権を中心として、その国の国民が一つとなり得る国であることを望まなければならないのです。そのような国民性をもち、国家形態を備えなければなりません。
自分が行き来するのも、その国を復帰するため、祖国光復のための建国の功臣となるために使命を帯びてのことであり、天の密使としての指令を受け、今日の悪なる世に来てこのようなことをしているという事実を考えながら生きていくべきです。
二) 天国に入籍するには
皆さんは、そのままでは御父母様の前に直接行くことはできません。皆さんは血統が違いますね。入籍する前に相続権を受けることはできません。皆さんはまだ入籍していません。先生の族譜に入籍しましたか。祝福を受けたからといって、入籍したことにはなりません。祝福を受ける位置は長成期完成級、その位置です。七段階の完成級七年路程が残っているのです。それが原理です。その原理を中心として復帰していくのです。
入籍時代に入って名簿を作るとき、適当に作ることはできません。ホーム・チャーチを経なければ名簿に記入されないのです。天国の族譜編成ができないのです。祝福家庭でも外すのです。落ちるのです。それをわきまえて、天の提示するすべてのことを早くしなければなりません。人がするから自分もする、というものではありません。しなければならないのです。それをせずに霊界に行けば、霊界に行ってから永遠にしなければならないのです。地上で解決できないまま行ったならば、大変なことになるのです。
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悔い改めなければ、皆さんは公議の審判を受けなければなりません。愛のその掟の前に立つ者はいないのです。そのときには先生が弁護士となって、先生の家族一族が弁護士となって、皆さんを指導する統一教会のすべての人が弁護士となって、神様も、先生も、先生の家庭から指導者までが弁護して、弁護の範囲が讒訴圏よりも大きくなって、初めて善なる天国の民として入籍できるのであって、その讒訴圏よりも小さければ入籍できないのです。
統一教会員は絶対自分勝手に生きてはなりません。自分の心を偽ることはできません。自分の心を偽れない限り、天国の戸籍を偽ることはできません。すべてのことが入籍に関係するのです。私がこの手を上げれば、それが今ビデオ・テープに記録されますね。人の世でもこのように記録されるのに、天の国に記録されないと思いますか。ボタンを押しさえすれば、ある祝福家庭の夫婦の幼いときから、その先祖のころからがすべて出てくるのです。一瞬のうちに出てくるのです。長時間ではありません。ここでは時間の観念がありますが、天国ではあっという間に終わるのです。
入籍というのはどういうことか分かりますか。女性が嫁に行けば籍を移さなければなりません。自分が生まれたもとの籍を取り消して、違うところに移さなければならないということを私たちは知っています。
大韓民国は今後私たち統一教会を中心として祖国をつくることによって、大韓民国を中心として入籍する時が来るので、今まで動員された人はみな、今後大韓民国の土地を買うことのできる時が来るのです。先生を中心として大韓民国を動かすことができるならば、西洋にある自分のすべてのものを売って、大韓民国で小さな小屋暮らしをするとしても替えなければならない時が来るのです。
もう死んで、村の裏山に行くように(注:普通、裏山に墓がある)気力もなく、(部屋の中から)敷居の向こうを眺めながら「年老いたから……」と言っています。年老いても伝道しなければなりません。自分の母親、父親をみな天の前に入籍させてから霊界に行かなければ大変なことになるのです。
母親、父親に、歴史上の自分の先祖の前に、自分の兄弟の前に、自分の親戚、姻戚を中心として歴史的に偉大なことをすることのできるこの時代、この時を迎えているのが統一教会の祝福家庭なのです。
今まであなた方に伝道しなさいと言ってきたのは、威信を立てさせてあげるためなのです。今後、族長を立てて、七十二族長を立てて、すべてそのようにして、新しい入籍時代が来るので、その軸に入れてあげようとしているのに……。実績があってこそ入れてあげることができるのです。
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これからは入籍するのです。南北が統一されるときには、世界の統一教会の家族は祝福家庭の中で正常な行動をした人はみな、氏族を越えて入籍するのです。先生の力によって南北が統一されたならば、法をつくって世界の統一教会の忠臣を代表民族として、種を受け継ぐ民族として立てようというのです。そうしても反対する者はありません。歴史的に見て、韓国の独立のために、韓国の還故郷のためにこんなに尽力したのですから、誰が反対するでしょうか。
皆さん、これからは氏族加入時代が来ます。個人加入時代ではありません。氏族加入時代が来るのです。金氏であれば金氏、朴氏であれば朴氏。それが過ぎれば国家入籍時代が来るのです。すぐです。これからは早いのです。目の回るほど早く変わっていくのです。なぜそうなるのでしょうか。文総裁がいるのでそのようになっていくのです。原因はほかにあるのではありません。
所有権を神様にお返しするためには、真の父母の名を通さなければなりません。真の父母の名を通さずしては、帰っていく道がありません。それゆえ世界統一は統一教会が中心とならざるを得ないのです。手を下さなくても、誰もが少しでも早く入籍しようと列をつくって待つようになるのです。一番、二番、三番を争いながら必死になる時が来るのです。
これから入籍する時が来ます。先生の一族、皇族を中心としてつながるところに、皆さんが加入するための入籍時代が来るのです。しかし入籍時代になっても氏族復帰ができていない人は、そこに入籍することができません。それを知らなければなりません。十二支派と同じです。氏族復帰をするまでは入籍できないのです。
人々がこの氏族復帰の内容を知ったならば、我先に統一教会に入ろうと、群れをなして押しかけてくるのです。入籍すればどうなるのでしょうか。今までは愛をはじめとして、人から万物まで神様の所有ではありませんでした。サタンの愛によってサタンのものとなっていたものを、今は神様のみ旨を成し遂げた先生を中心として、先生の息子、娘、先生を中心とした万物を復帰していかなければならないのです。そして、いまだ先生には国がないので、国を求めて立てなければなりません。
これはサタンの所有地であり、神様の所有ではありません。所有権の回復というのがあるので、天下は戦争なしに一つとなるのです。どういうことか分かりますか。今後、一族が財産とすべてのものを合わせて天に入籍するために、世界の歴史上で類を見ない行列が続くことでしょう。そこに誰が先に入籍するかによって、兄となり、弟となるのです。
今まで天国への入籍はありませんでした。天国に国がなかったのです。家庭もなく、国もありませんでした。霊界に行けば、親も何も、十人家族だとすれば、十人がみなばらばらになったのです。しかしこれからはそうではありません。本来堕落しなかったならば、お母さん、お父さん、自分たち夫婦、息子、娘が一つになって、相手のためという真の愛をもつならば、それには神様も絶対服従するのです。そのような愛の伝統に服従しながら相手のための愛をもって動くその世界、「ため」に生きるその世界では、平和の基地が生じるなと言っても生じるのです。
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これからみな越えていかなければなりません。越えなければならないのです。越えるには整備しなければなりません。一つとなって夫婦の日記をつけなければなりません。そして息子、娘の公認を受けて、みな入籍しなければなりません。入籍時代が来るのです。清算して越えなければなりません。そのときにはサタンがついてくることはありません。そのように深刻な時が来ます。祝福家庭はみなこれから日記をつけなければなりません。たやすく通り過ぎてはならないのです。
これからは世界がみな入籍しなければなりません。十二支派を中心として。入籍するときには皆さんの人生、統一教会に入ってから今までのすべてのことを、一つ残らず記録しなければなりません。この教会から何か一つ、ふろしき一枚でも持っていったならば、それをすべて記録しておかなければなりません。これが霊界に記録されたコンピューターの記録と合っていなければ、皆さんは入れないのです。
王族の心情圏を中心としたところでは歓待のみであって、崖や壁といったものは一つもありません。平地なのです。全体が歓迎し、万年の愛の世界がつながっているのです。そこの主人として生きるのです。自分の一族がそうなるのです。一族がみな集ったその栄誉の価値をもって入籍して天国に入るのです。入籍するのです。新たに入籍して天国に入ることができるように、清い解放の氏族長として、メシヤとして、父母として、自分が率いてあげましょう。
今後天国が地上に建設されればこのようになるのです。憲法がそうなるのです。全体を天国に帰化しなければなりません。それゆえ統一がなされないわけがないのです。強制的にするのではありません。志願しなければなりません。そうすれば移籍する日が来るのです。その氏族が入籍する順番となるので、先に入籍すれば先祖になるのです。残りはその前で頭を下げなければならないのです。
自由な環境舞台が訪れるこの時代において、イスラエルの王権を造成すべき独立軍であることを肝に銘じなければなりません。小隊長になりますか、中隊長になりますか、連隊長になりますか、師団長になりますか、軍団長になりますか。皆さんの活動いかんによって左右されるのです。
これからは兄、姉、弟、妹がみな一方では競争になるのです。勝利した人が、先に登録する人が兄、姉になるのです。先祖になるのです。天地開闢の時代が来るのです。祖父が孫になり、父親が息子になり、弟が兄になり、姉が妹になる時代になるのです。誰が先に入籍するかが問題です。
天国の法を守り、天国の王宮法を尊重できなければなりません。それがどのようなものか知りませんね。今後、南北が統一された世界のすべてに備えなければなりません。その訓練をすべき内容が残っています。そのときには、誰もが入れるわけではありません。入籍時代が来るのです。それは、大学を卒業して博士として大学の先生になることよりも難しいのです。自分一代の一族の歴史をすべて編成して、そこにパスしなければなりません。霊界、肉界から鑑定を受けて選出するのです。
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天運は相対圏をもった人を保護するようになっています。ですから献金をしなさいというのです。それは当然のことです。すべてを、一族を神様のところに連れて行かなければなりません。そこでは誰が先祖になるかというと、先頭に立って率いる人が先祖になるのです。久保木が統一教会の会長であっても、率いていくことができずに、今み言を聞いている人がすべてを率いて入籍するならば、久保木会長が何代も後の孫になるのです。入籍を先にした人が先祖になるのです。
そのような時代になったので、先生は命令をするのです。「早く氏族復帰をしなさい!所有権を神様に返しなさい!早く入籍しなさい!」。これは人間としての 大の希望です。先祖以来、千万代を経た希望がここにあるのです。肝に銘じ、忘れてはなりません。そうすることによって、未来において日本の黎明の朝が過ぎ、輝く太陽を迎える喜びを体恤するようになるのです。
天国での財産とは何でしょうか。今は天国の国民がいないので、復活させて天国の国民を連れていく以外に方法はありません。天国の国民がいなければ、霊界での財産というのもありません。それゆえ、皆さんが生んだと言っても、皆さんの息子、娘ではないのです。日本の一億二千万すべてが神様の国民になる道を探さなければなりません。
いかにして多くの日本人を皆さんの息子、娘と共に天国の国民として入籍させるかというその数字が、皆さんが霊界に定着するにあたっての礎石となるのです。それがなければ、たとえ統一教会の会長を何十年したといっても、すべては無駄なのです。今までは統一教会が反対されていたので不可能でしたが、これからは全世界的に先生を尊敬するようになるので、可能なのです。 真の父母と一つになって伝統を相続し、皆さんの家庭が主体的伝統をもって万国を治めることのできる基盤となり、主体性をもった家庭となったならば天国の皇族圏内に入籍するのです。このようにして入るのが天国です。天国は誰もが入ることのできるところではありません。その道を行こうと三代が決心しなければなりません。おじいさん、おばあさんから父親、母親、夫婦、息子、娘まで、段階は四段階であり、系列でいえば、夫婦になったのが三代です。
これから皆さんの行くべき道には反対がありません。先生がすべてつくってあげました。すべてふさいであげました。すべて取り壊してあげました。ですから皆さんは先生をどれほど崇拝しなければならないでしょうか。皆さんが迫害時代に先生を崇拝していたその何百倍も、皆さんの子孫が崇拝することのできる伝統を残さなければ、天国という本貫(注:先祖発祥の地)に入籍することは難しいという事実を通告しているのです。皆さんの息子、娘が、皆さんが先生に侍っていた何百倍以上も侍ることのできる基盤をつくっておかなければ、離れてしまうのです。押し出されてしまうのです。
千七百六十四
入籍しなければなりません。入籍するためにどこへ行こうというのですか。本郷の地に帰らなければならないという運命を、避けることはできません。生きているうちにできなければ、霊界に行ってから後戻りして、億千万世、回りに回りながら涙と嘆息で越えなければならないという、堕落圏の支配から逃れることはできないのです。ですから、直行することを願って、皆さんの前で詳しくお話ししましたので、それを忘れずに肝に銘じ、勝利の天国の門に入る王権を受け継ぐことのできる、そのような相続を受け継ぐことのできる皆さんとなることを願う次第です。そうするという人は諸手を挙げて宣誓してください。